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sunny place
02






横断歩道を渡り終えてすぐ、恵生がその歩みを止めた。
何事かと視線を向けると誰かが傍に立っている。

「誰」

思わず漏れた声は、自分が思ってるよりもずいぶんと低かった。印象の悪い声が出た物だ、とすぐさま思ったが馴れ馴れしく恵生の肩に触れるその手を見て、胸のざわつきが押さえられなかった。それはただの直感だったけれど。

「あ、高校の時のクラスメイト。ほら、あっちの学校の……」

俺の声色を聞き分けてか、少し慌てたように恵生が説明を入れる。

――あっちの学校。
久々に聞いたその言葉は、俺が知らない恵生の過ごした一年あまりを指している。

「櫻田…、」
「う、うん。東間篤」

俺を一瞥してから、そいつは恵生に問いかけた。そしてまた視線を俺に移して、笑った。たったそれだけのことだった。

思えばそれは挨拶であるかのような微笑だったかもしれない。けれどこの時、俺はその姿にどうしようもなく苛立ちを覚えた。

「桐生廉です。高三の一年間だけだったけど、櫻田とは良くしてもらったんだ。多分、一番仲良かったよな?」
「ん、あぁ。そうだな…最後の方だけだったような気もするけど」

困ったような恵生の表情は本当に困った表情ではなかった。そこにこめられた恥じらいのような物がそうさせている。

「だって櫻田は固かったもんな、誰にも気を許さないって言うか…てこずった覚えがある」
「桐生だって、浮いた俺をどうにかしろって…委員長として、仕方なくだったんだろ」


――てこずっただと?

そりゃそうだ、恵生はずっと一人だった。友達さえも拒否っていたのだから。唯一親しくなった水野本人だって恵生が居なくなってから忘れられるかもしれない、と不安になっていたくらいなのだから。

てこずった、ということは明らかにこの桐生は恵生目当ての接触だったという事だ。立場がどうよりも、きっとそれは自発的な――?

「卒業してから…一度だけメール交わしただけだったもんな、偶然とはいえ櫻田の顔見れて良かったよ」
「俺も。桐生のその後が…気になってた」
「あぁ―…、俺も気になってた。櫻田の事…、今の状態を見る限りそういうことだよな。お前のメール文はいまいち用件が伝わってこなくて気になってたんだよ」

「だって、色々正直に話すにはメールだとまどろっこしくて…」

全く俺には分からない、同級生同士の会話。
嫉妬に近い感情が湧いて、それを無理やり押さえ込んでいた。それなのに、何かを含んだ表情の桐生と目が合うたびに煽られてる気がしてならない。

「で?桐生は」
「あぁまぁ・・・、そうだな、今度櫻田の都合が合うなら、会わないか?櫻田には…全て話ししようかって思ってるんだ」

「恵生。…今から一緒にお茶したらどうだよ?」
「え、東間、何言って…」
「久々に会ったんなら積もる話もあるだろう、ゆっくりしたらいいじゃないか」

衝動的に口をついた。

いつもの俺なら第三者を拒んでいるのに、恵生を誘う桐生に黙っていられなかった。
二人で話すこともあるだろう、けれど俺の全く知らないことばかりだと拒絶するのではなく、それも受け入れる。この桐生という恵生の同級生を、ちゃんと受け入れようと…。

いや、受け入れるなんて言葉は建前だ。全てを知りたい。それだけだった。
子供じみてる、と分かっていても…、恵生が絡めば俺はいつもこうだ。恵生の全てを自分の物だと知らしめたくて。

「いや、そんな悪いよ」

申し訳なさそうなセリフとは裏腹に、楽しそうに笑う恵生の友人。俺の知らない、人間。

「色々…恵生がそっちの高校でどう過ごしていたかも聞きたいし。あんまり教えてくれなかったからな」

卒業を終えて、その日に再会して、お互いがお互いの存在を感じる事に必死だった。
落ち着いた頃に空白の一年をどう過ごしたか話し合った。俺は受験に打ち込み、時間が空けばバスケ部の指導をして過ごしていた。

恵生と過ごした、短い時間を何度も何度も思い返しながら。

「大丈夫、ちゃんと普通の生活が出来たし。楽しかったよ…、でも、東間のことばかりだった。毎日をただ生きていた」シロを撫でながら、そう呟いた恵生に、それ以上聞くことが出来なかったんだ。
伏せた瞼は孤独を伝えるようで、普通の生活だなんて虚勢を張ったものだとばかり思っていた。

本当なら安心すべき友人の存在だろう。

なのに。そいつのまとわりつく視線が俺を苛立たせた。





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