sunny place | ナノ
sunny place
04
「とう、ま…?」
顔を上げた先に居る、その人物に驚き声が漏れた。
「やっぱり高屋だった…。こんな時間に何してんの?」
そんな東間も驚いて跨いでいた自転車から降り立った。
街灯の光が東間に差す。青白い顔色として視界に映っても、その健康的な姿はしっかりと伝えていた。
「バイトが、終わったところ」
「ふーん、こんな時間までご苦労様だなぁ。…後ろ、乗ってくか?」
東間は親指を立て、自分の後ろを指した。
「えっ、や、いいって。家までもう少しだし」
「そんな気ぃ使うなってー。俺もコンビニついでの散歩だったから」
「いや、ほんと…いいから」
「遠慮すんなよ、ほら。近いなら気を使うことねぇだろ」
早く乗れと急かされ、自転車の後ろへ回された。
(だから、こういうの・・・苦手っ)
俺の腕を掴んで自転車に引き寄せるその動きに、思わず足をもたつかせた。
「ん、お前…酒飲んでる?」
引き寄せた形のまま、東間の顔が近づいた。
その東間の言葉に体が強張り、血の気が引くようだった。
「っ、いやっ、違う、違うんだ。バイトがBarなんだ。今日はグラスを倒おしてその酒がかかって…ほんと、だから」
頭を駆け抜けたのは、学校にバラされる事によって万が一店に迷惑が掛かってしまったら、という焦りだった。自分はどうなってもいいから、店にだけは…。
信じてもらえるとは思わない、けれどどうか他言をしないでほしい。
尾鰭の付いた話の怖さを、俺は嫌というほど知っている。
「そんな必死にならなくっても…大丈夫だって」
「言わないで、くれないか、」
「誰に言うんだよ。高屋恵生が酒を飲んでいました、なんて言った所でどうにもならないだろ?」
「……、」
どうにかしてやろうっていう人間は山のように居るんだよ…。
東間にはわかる分け、ない。
「でも高屋、そんなので酒かぶるってどんだけ鈍いんだよ。ちゃんと体育出てないからだろ」
からかい半分のその言い草に、思わずムキになった。
その言葉だけじゃない、何も知らずに口に出す言葉と、俺には無い彼の馴れ馴れしいほどのその態度にも、だ。
「違う、俺じゃねぇよ!客に酒誘われて、断ってたら腕引かれて…、バランス崩して倒したんだよ。不意打ちすぎてうまく避けれな、か・・・」
ふわりと、東間という人間の温度が近づいたと思った。
俺を照らしていた街灯の光が遮断され、目の前に暗く影が落ちる。
その直後、唇に触れた湿った感触。それは小さく、そしてわざとらしく音を立てて離れた。
「―――――!・・・な、な、」
「あーホントだ飲んではないね、なんつって。――客にちょっかい掛けられるとかって、隙ありすぎなんじゃねぇの?気をつけろよ」
「そ、それとこれとは関係ないだろっ」
「ん?味見?ってな。ちょっとその客に嫉妬?さぁ、早く後ろ乗れよ。道教えてくれよな高屋ん家まで」
あからさまに動揺している俺とは違い、何事も無かったように顔色一つ変えず接してくる東間を見ていると、さっきの口づけが大した事ではないのだと錯覚してしまいそうだった。
(いやいや、一大事だろ!)
冷静に考えるとそんなわけはない。俺も東間も同じ男だ。
「ってかそんなに動揺するなよ、高屋がそんなだと俺まで困るだろ」
この行動に意味はないのだという落ち着いた東間の口調に一人動揺してるのも馬鹿らしく、湧いた怒りを押し留めた。
(いや、東間は嫉妬って言った。…何だよ、嫉妬って)
乗せられた自転車の後部から、東間の広い背中を見つめたが、もう一度問うことはなんだか悔しくて出来なかった。
しばらく走り続けた自転車は、古いアパートの前で止まった。
「ここ?」
「ん、悪いなありがと」
自転車から降り立つとお礼だけ言って背を向けたが、まだ何か言いたい事があるのか、去ろうとしない東間にもう一度だけ振り向いた。
「また明日な、高屋」
東間は手を挙げてそう言うと、ペダルに足をかけてゆっくりと進みだした。
俺の返事は、自身にさえ聞こえないほど、口内を震わせて終わった。
今日の出来事は全て東間の気まぐれだ。
人の言葉を、正面から受け止めるだけの気持ちなんて少しも残っていない。
軽い口調で隙間に入ってくるような東間の言葉の数々に乱されたって、その全てをなかったことにしてしまえば良い。
眠って明日を向かえれば、全て忘れていよう。
洗濯機の前に佇んで、思い浮かぶのは東間の姿ばかりだった。
“また明日”
音とならなかった言葉は、自ら噛み砕いて消してしまえば良いんだ。
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