sunny place | ナノ



sunny place
03








 すっかり日の沈んだ街は先ほどまでの賑わいが嘘のように静まり返っていた。



 秋吉の取った宿は、ありえないほど豪華だった。ツレの行く素泊まりの話を聞いていた俺は、なんとも驚かされるばかりのその宿。

「部屋に、庭がある・・・」

「あぁ、良いだろう?目でも涼しめる」

「メインは海なんだから宿に金かけなくても…」

「滅多に旅行なんて出来ないじゃないか、折角のこの日は贅沢したくてな」

 小さな支社を任されている秋吉は平日の外回りのツケを土日で調整する日々を送っていた。そのため、このところ土日をちゃんと休んでいる姿を見ていない。

 仕事を大切にする秋吉だったから、負担になることだけは御免だった。あの時の別れだって秋吉は違うと言ってくれたけど、結局どこかで俺は負担になってたんじゃないかと思う。
 だから、俺は仕事に関して何も言わない。少しの時間でも一緒に居れるのならそれで良かった。

「よく4日も休み取れたね。仕事大丈夫なの?」

 今日で2日目。初日は一緒にこの旅行に向けて買い物に行った。そして今日と明日はこの海で過ごす。
 最終日は、ゆっくりと家で過ごしたい―…そう言ったのは秋吉。

「今頃、須賀が頑張ってるだろう」

 含み笑いをする秋吉は、きっと今頃大変になっているだろう会社を思っているのだろう。結局戻ってから尻拭いをするのは自分なのに、そうやってなんでもないように笑う秋吉を見ていると今を楽しんでくれているようで、嬉しい。

「須賀って…、あの須賀さん?」

「あぁ、あの須賀。帰ったら仕事の出来次第ではまた飲みにでも連れて行ってやらなくちゃな…」

「あんまり飲ませんなよ、俺みたいな被害者が出る」

「そうなっても、連れて帰ったりはしないさ」

 笑い合う、こんな時間が久々だった。スーツを着た秋吉も、脱いだ秋吉も、やはり仕事に追われる身だったから。



 夜の海に出てみようと言い出したのは秋吉だった。


 昼間の青よりも、ずいぶんと濃い藍色。耳には少し大きく聞こえる波の音。


「星が…!」


 都会では見ることの出来ない、星の数々。満天の星空というのは、こういうことを言うんだ。


「流れるぞ」

 そう言った秋吉の視線は、地平線に向けられていた。


 あ、と口に出したつもりの声は音にならなくて

 初めて見た、流れ星。
 太陽が出ている時はその光に隠され、都会では厚く霞んだ空気に隠されているだけで、星はいつでも流れているんだと聞いたことがある。



「ほ、本物だよな…」

 現実離れしているように感じるほど、流れていく星の数は多かった。


「女将さんが教えてくれたんだ」

「アンタはいつだってそういう人と仲良くなるな」

「ヤキモチか?」

 睨み付けてやったって、効き目の無い事も分かっているけど。


 砂浜に座って、そんな夜空を眺めた。


「仕事頑張ってるから、この連休はご褒美だな」

「廉にご褒美、と思ったんだけどな?」

「俺?」

「日頃、我が儘も言わず…傍に居てくれるから」

 お礼を言いたいのは俺なのに。秋吉が居なけりゃ、今の俺は居ないって言える。きっと未来に向けて何の希望も楽しみも見出せなかった。
 今こうやって満たされた日々を送れるのは―…秋吉のおかげなんだ。

「俺、何もしてないよ」

「傍に居てくれるだけで…、」


 そう言って回された腕は強く俺を抱きしめた。お互いもう二度と離れないように、と口に出さなくても思っていることで、それは小さな仕草で感じることが出来る。



 俺の膝に置かれた手を見て、気付いた。


「あ、指輪。明日は外して海に出ないと、俺のビーサンみたいに痕になる…」


 会社には外していくのだから、その辺抜かりないようにしておかないと―…




 おもむろに外した指輪。
 そこにくっきりと浮かび上がる環。



「指輪の痕は計算のうちだ」



 本当に、この人の言動は俺を翻弄させる。





END

08.07.28








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