sunny place | ナノ



sunny place
01






  海月


「まだ半日だぞ」

「うん」

 白いトレイの上に赤と黄色が入り混じる。ポタリと落ちた雫に一瞬気を取られて、そしてまた目の前に視線を向けた。




「食べる?」

 そう訊いて、ケチャップとマスタードを絡めとる。まだ一口しかかじっていないフランクフルトはこんがりと香ばしく焼かれて、これでもかとジュージーだ。

「あぁ、一口」

 差し出した腕を取ってぱくりとかじると、冷えたビールを流し込んだ。コクコクと動く喉仏を、こっそりと盗み見る。

「旨い。やっぱりこっちの店にして良かったな。混んでるだけある」

 夏のビーチは色とりどりのパラソルとテントがひしめき合って、その外側にたくさんの海の家が並んでいる。美味しいフランクフルトが食べたい、と俺の一言で自分達が陣取っていたテントからは離れた所まで足を伸ばした。
 挙句、海から上がったところにある車を改造した店になってしまったが、文句なしにフランクフルトは旨かった。

 きっとこの暑い日差しもそう感じさせる要因の一つだ。

 混んでいるせいで屋根付のテーブルにはつけなくて、少し離れた簡易テーブルにパラソル、という席だったけど気にならない。目の前の秋吉憲司はそんな太陽の光を浴びる眩しいテーブルを見て、ビールが旨そうで良いじゃないかと言った。

「半日でそんなに焼けるもんか?」

「ん?こんなもんじゃないの」

「初めて会った夏はそんなに黒くなかったぞ」

「あの時はダチん家で遊んでばかりだったし、海だってあんまり行った事ない。こんな泊りがけで来たのは初めてだよ」

 秋吉だって、十分半日で焼けたと思う。

「営業マンが焼けていいの?」

「ん?少しくらいはいいんじゃないか」

「なにそれ」

 どうでも良さそうに言う秋吉。真っ黒に日焼けしたサラリーマンってどうかと思う…まぁ個人的な俺の意見だけど。



「折角もぎ取った休日とこの1泊旅行、仕事の事なんて考えずに過ごしたいだろ。それに周りも気にしたくなんてない」

 そう言う秋吉が取った宿は地元の人間では足を運ばない離れた県の海水浴場だった。秋吉の運転で向かうと聞いたときは近場で良いじゃないかと言ったのに。

「あの島って行けるの?」

 少し高い陸にあるこの店から見下ろすようにビーチがあり、パラソルがあり、海の中にもたくさんのカラフルな浮き輪と人が見える。
 少し沖の方へ視線を向ければ人も少なくなり、そしてそれほど遠くも無い所に小さな島があった。

「あぁ、ボート貸し出してたから…行ってみるか?」

「行く!」

 俺の顔を見て、微笑む秋吉。

 ・・・あぁ、ちょっと子供っぽく見られたかもしれない。外に出た時は出来るだけそんな動作は気をつけているつもりだった。秋吉に対して無理をしているんじゃなくて周りの人に秋吉とつり合っているように見られたいから。

「廉。この旅行はいつもどおりのお前でいろよ」

「え?」

「俺の家に居るような、くつろいでる姿、楽しそうにはしゃぐ廉が見たくてこんなところまで足を伸ばしたんだ」

 俺の考えなんていつだって秋吉にはお見通しなのかもしれない。

「そんな、いつだって楽しんでる…」

「俺とつり合おうとか、そんな考えいらない」

 ちゃんと付き合いだしてから、一言も口に出した事無かった言葉。それでもどこか感じさせていたのだろうか。態度に出ていたのだろうか。

「憲司、さん」

 眩しそうに目を細めると、長い指先が俺の口元に触れた。キュッと親指で俺の唇を擦ると、端に付いていたらしいケチャップが秋吉の指に移った。



「秋吉と呼ぶときは呼び捨てで、名前を呼ぶときはさん付けなお前が可愛い」


 この人の言動はいつも俺を翻弄する。






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