sunny place | ナノ



sunny place
03





「ケイちゃん、もう帰るの?」

マスターから「今日はもう上がって良い」と言葉を貰った所で、目の前から声が掛かった。
カウンターの隅を指定席にして、ほぼ毎日店に顔を出す大野さんはマスターの昔からの友人らしい。

「大野さん・・・飲みすぎじゃないですか?大野さんも早く帰ったほうがいいですよ、明日も仕事でしょう?」
「んー、帰っても一人だしねぇ。どう一杯?」
「や、いらないっす」
「連れないなぁ〜、いっつも断るんだから。少しくらいいいじゃないか」

わざとらしくモジモジと身体を揺らし、隙あらばと俺をお酒に誘うのはいつもの事だった。

「俺、下戸なんで」

こういうバイトをしていれば、嫌でも一杯の誘いはあるもので、その度に自分が酒に弱いのだと断るようにしていた。
16歳の俺がほいほいと酒を口になんてできない。
年齢を偽り働かせてもらっているから“何か”があった時、店に迷惑が掛かることは間違いないだろう。富田さんには恩を仇で返すようなことはできない。

「まさか!下戸だっていうヤツがこんなバイトしないよ」

夜に働く所があればと思い探し出したバイトなだけで、別に酒が好きだとか、カクテルを習いたいとか、そういった意味はないのだ。と、大野さんに説明しようとしてやめた。
大野さんはいつもよりも飲んだのか、今日はその絡みがしつこい気がする。客が少ないのも、大野さんにとっては宅飲みのような開放感があるのだろう。

「ちょ、っと!大野さんっ」

絡んでくるのは言葉だけじゃなかった。
俺の腕を掴むと空いた隣の椅子に俺を引き寄せようとした。
予想もしてなかったその行動に俺はバランスを崩してしまい、椅子に座るどころか大野さんに突っ込んでしまいそうになる。その体勢を整えようと体をよじった所で机の上のグラスを倒してしまった。

直後にグラスの割れる音が響き、辺りにアルコールが舞った。

「あっ!…悪いっ」

白いシャツに大きく広がった琥珀色の液体を見て大野さんが慌てた。
一瞬で酔いが醒めたのか、緩慢な動きから手際よくおしぼりをシャツに当てる。
客も引いた後だったのが救いだろう、騒ぎになることもなく、俺は机に広がった液体を新たなおしぼりでふき取った。

「ごめんなぁ、ケイちゃん。…調子乗ったな」
「いや、いいです、俺が上手く避けきれなかったのが悪かったんです。すいません・・・怪我無いですか?」

足元には割れたグラスの破片が散りばめられていた。
大きなものだけを拾い上げる。

「ケイちゃん、置いときな俺が片付けるから」
「大野、うちの子を虐めないでくれないか。・・・ケイはもうそのまま上がっていいよ。服もクリーニング出すからそのまま置いて帰るといい」

そう言ってマスターはモップを片手にやってくると、そのモップを大野さんに突き出した。当たり前のように受け取り片付けていく大野さんを見下ろしながら、マスターがその頭に向かい説教を始めた。

小さくなっている大野さんを横目に、俺はやっとホールを後にした。




「駄目かも…」

これは。
裏から店を出たところで後悔した。
やはり一度帰宅して、着替えてからバイト出るべきだった。

先ほど浴びたアルコールは、簡単に薄いシャツを浸透し肌着にまで及んでいた。シャツはクリーニングに出してもらうようにと店に置いてきたが、肌着までもと頼むわけにも行かず、どうせ帰宅するだけだからと簡単に拭い、その上から学校の制服を無造作に着込んだ。

店では大して気にならなかったアルコール臭が、一歩店を出て冷えた深夜の香りの中、自分の体から漂っている。
私服なら気にするようなことではないが、今のこの姿では補導員に捕まらない事を願うばかりだ。

家までなら歩いて30分もかからない距離だ。何とかなるだろうと暗い夜道に足を踏み出した。

日が落ちてしまえばまだまだ肌寒い春の夜。
これがだんだんと暑くなってくれば、夜中には若者がウロウロしているのだろう。今は静まり返った住宅街をただ、ひたすら家に向かっていた。

行き違う人は先を急いでいる者や、アルコールで頬を赤らめ気持ちよさそうに鼻歌を歌う社会人が居て、いつもより少し早い帰宅とあって人通りを多く感じる。


歩き慣れた道を進み、帰ってからの自分のやるべき事を思い描いた。
洗濯もだったが、いい加減学校の事にも手を着けなければならない。散々逃げ回っている数学のノート提出だったが、そろそろ逃げるわけにいかなっていたのだ。
数学だけじゃない、まともに授業を受けているとはいいがたい自分は、提出物でなんとか首をつないでいるようなものだった。

(今日はもう眠りたいから…、また明日にするか)
洗濯機だけはなんとかこなして、後はもう投げた。
そんな自分にも溜息がでるが、これが自分の位置だ。こうなるべくしてなったのだから、誰を恨むわけにもいかない。
いっそのこと、中退でもしてやるのに。そう言えば、必死になて説得に掛かる担任の顔を思い出して、また溜息が大きくなった。

足元を照らす街灯は青白く、自分の歩みをただ機械的に見つめていた。一歩、また一歩と自分の足が踏みしめる地面をただ見つめる。
そこへ、前から走ってくる自転車が目の前で止まった。

すれ違うはずの自転車が、あと数センチで自分の足を轢くほどの距離で止まったことを怪訝に思い、顔を上げた。






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