sunny place | ナノ



sunny place
02





いつものように一人で歩いていれば今頃自宅に着いていただろう。
すっかり時間の余裕もなくなってしまい時計を再確認すると、ため息をつきながら直接バイト先へと足を向けた。

学校へ行き流れるように過ぎていく時間に身を任せて、終われば決められたシフトにそってバイトをこなす。
何も変らない毎日の繰り返しだ。きっと明日も明後日も、数週間経ったって変る事はない。

それなのに今日はその足取りが軽い気がするのを、俺はそっと胸の奥底へ押しやった。
明日はまた、いつも通りだ。浮いた気分や他人との関わりに期待は禁物だった。


ほぼ毎日バイトを入れている。週に3日はBarのホール係、残りはコンビニ。
どちらも時間の空いた時には飛び入りでシフトに入るようにしていた。俺はもてあました時間を潰せるなら、お金がもらえるのならそれで良い。経営者は急遽空いたシフトの穴を埋める事ができるのなら、という利害の一致。

今日は小さなBarのホール係のバイトの日だった。
薄暗い路地裏を通り、裏口の扉を開いた。
いつもなら閉ざされているホールと裏口を繋ぐ扉は、準備中の時間帯だからだろう開かれていた。

「おはようございます」

見えたカウンターの中に居るマスターに声をかける。
片手だけ挙げて答えてくれたのを確認して、すぐそこにあるロッカールームへ身体をすべりこませた。

学校の制服から、ロッカーに置いてある店の制服に着替えると、すぐにカウンターに入る。お絞りや灰皿のチェックを済ませからモップでホールを拭きにかかった。
いつもよりも入りが遅くなった為、開店までの準備を急ぐハメになった。



19時を回ればパラパラと人が出入りしはじめ、ピークは22時前後になる。
こぢんまりと経営されているこのBarはスタッフが少なく、忙しいときには猫の手をも借りたいほどなのだ。今日は幸い楽な日だった。

客が少ないといえども、ぼんやりと突っ立っているわけにもいかない。手が空けば常にグラスを磨き、ボトルのチェックなんかを丹念に行う。

「ケイ、休憩行っときな」

カウンターに残された客のグラスと、残されたナッツの入った皿を下げたところで、マスターに声をかけられた。

「はい。あそこのテーブル、まだなんです」
「ん、後はやっとくよ」

マスターである富田さんはグラスに注ぐビールから視線を外さないままだった。
いつも見ていないようでしっかりと周りを把握している。喋り方も穏やかで相手を刺激するような事は口にしない。

俺はそんな富田さんの口角が上がっているのを見て、後は任せてもよさそうだと頭を下げて奥へと下がった。

裏口に出るその手前、小さなロッカールームが用意されている。
簡単なテーブルと富田さんが使わなくなったと運んできた二人掛けのソファーが置かれ、炊事場も備えてあり、この時間の休憩で俺はいつも夕食を取っていた。

食事は店にも出されるお通しなど、ストックされた一品料理などが冷蔵庫に入っていたりする。未使用の食材なんかも自由に使って良いと言われていつもそれで適当に夕食を作っていた。
富田さんは俺が自分で作る分には何一つ文句も言わない人だった。掛け持ちをしているコンビニの食事を取るくらいなら、むしろシフト外でも夕食だけは食べに来いと言うくらいだ。


表に居る時はやはりサービス業。客に目を光らせて気を利かせなくてはいけない分、裏に入ると一気に気が抜けた。
押し寄せてきた眠気に、思わず瞼を押さえた。

日頃の短い睡眠時間に、こんな眠気は常に感じているものだった。 
Barもコンビニも深夜まで。帰ったら二時・三時とかは当たり前で、翌朝はもちろん学校。バイトも学校もそれなりに体を動かすし、自宅での睡眠なんてもちろん足りていなくて授業中に寝ていることも多かった。

今日の客の入りを考えると少しは早く帰れるかもしれない…。
そんな事を考えながら卵を割って、玉子焼きとストックされた一品の煮物をつまんで夕食とした。
コンビニでは賞味期限ギリギリで裏にさげられたお弁当とかを口にしているが、やっぱり手を加えたものの方が断然おいしい。富田さんの言い分もよくわかる。

でも、甘えちゃいけないことも知っている。
差し伸べられた手の、全てを握っては駄目だ。

(帰ったら洗濯しないと、)

このところ溜めていた洗濯物を思い出した。
家で教科書を開く事は皆無でも、生きていくうえでやらなきゃいけないことはたくさんある。
一人暮らしをしているわけではなく、母と二人で2DKの小さなアパート住まい。
けれど母も働きっぱなしの状態で、昼はスーパーに勤め、夜は友人が経営しているスナックの手伝いと、帰宅する時間なんてバラバラだった。自分と母親どちらの帰宅が早いかというところ。
だが、最近の母親は家に帰って来ない日が増えていた。


簡単に済ませた夕食を片付けると、ホールに戻らなくてはという意識はあるのだが、眠気のせいか身体を動かす事が億劫でソファーに体が張り付いたように動かなかった。

目を瞑れば、先ほどの光景が浮かびあがった。
非難や好奇の目線じゃなくてクラスメイトという存在、それが酷く懐かしかった。


東間篤――、結局彼にとってはたまたま屋上に居合わせただけかもしれない。興味で一緒に帰っただけの事かもしれない。けれど彼の存在が胸をざわつかせた。

まだ掴まれたその場所に、彼の手があるようだった。
嵐のように激しく俺の中を荒らして。そして荒らされた事よりも、嵐の去った後の澄み切った晴れた空を連想させた。

瞑った瞼に力を入れて考えを振り切った。
こんな時間があるから無駄なことを考えるのだ。身体を動かし、考える暇など与えてはいけない。それは自分のためでもあるのだと、だるい身体に力を入れて立ち上がるとロッカールームをそっと出た。





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