sunny place | ナノ



sunny place
01


(あぁ、また…)

「おい、あれが…」
「あぁ知ってる…あの時の、」

どこからともなく聞こえてきたささやきに溜息が出そうだった。
一年も前の話なのに未だに纏わり付く人の視線。

好奇の視線にだって、慣れたつもりだ。
だからそんなふうに俺の表情を盗み取らないで欲しい。

いい加減ほっといてくれと訴える事が出来ればどんなにいいだろう。

(うんざり、だ…)





― 暖 か な 陽 ―




昼休みを告げるチャイムが鳴ると、一斉に教室がざわめき賑わい出した。

そんな教室を縫うように抜け出して、長い廊下を歩き続ける。突き当たったところにある階段を上ると屋上への扉を開いた。
そこは青い空がどこまでも広がり、新鮮な空気を運ぶ風が吹き抜けている。

広い屋上にあるタンクの向こう側へと、人目に付かないように回りこむと寂れたフェンス近寄り、その場に座り込んだ。
息を吐けばそれが久々にした呼吸のように清々しい。

「まだまだ、…だよな、」

好奇の視線に慣れたつもりでいても、重なる不快感は拭えない。
気がつけば自分の身体は強張り周りに鎧を纏っているようだった。
そんな自分の弱さを感じて、苦笑を洩らす。

指先に触れたのは少し冷たく感じるコンクリートだった。
そこへおもむろに横になると、対照的な暖かい春の日差しが降り注いでくる。
心地よい風と日差しとを受け、奥底から眠気がやってくる。それに抗う事もせずに気持ちも身体もを開放するようにそっと目を閉じた。









意識が浮上する感覚と少し冷たく感じた風に、身をよじり目を開いた。
どれくらい眠っていたのだろう、今は何限だろうかと、寝ぼけた頭でぼんやりと考えながら体を起こすと、すぐ傍に感じた人の気配に驚き身を竦ませた。

「よぉ、高屋。とっくに放課後になってんぞ」

自分のすぐ傍に胡坐を組んで座っていたそいつは、振り向きそう言葉を吐いた。

「・・・東間、」

同じクラスの東間篤だった。
彼は眩しいものでも見ているように目を細め、俺を見下ろしていた。
その視線に悪意は感じられなかった。けれど相手が何を考えているかなんて分からない。彼が何を思いこの場に居るのか、何故俺に声を掛けたのか。その心理まで読み取る事なんて俺には不可能だ。

「なんか、高屋と会話するの・・・久々だな」
「……」

俺は頷くでもなく、東間から静かに視線を外した。

東間とは新入生である去年、一緒のクラスだった。
席が前後だった事から仲良くなったものの、今思えばほんの一瞬の出来事。
あの事があってから俺は誰とも関わりを持たなくなった。もちろん、東間とも。


…ちょうど一年経った今年も、東間とは同じクラスだった。

典型的な人気者に部類される東間は、こんな俺にも分け隔てなく愛想を振舞う。そんな雰囲気に答えてやる気にもなれなくて、やり場のなくなった視線をポケットに入っていた携帯に向けた。

時間は17時前。バイトの時間が迫っている事を知らせていた。

携帯を元にしまうと、東間に何を言うでもなく俺は立ち上がり、この場から去るために扉に向かって歩き出した。
必要ないのだ、同級生である彼との会話は。
東間がこれ以上何か絡んでくる前に、この場所から離れる事を選んだ。目の前のバイトだけを頭に入れて。

「――っ、」

自分が進もうとする方向とは逆に思わぬ力で腕を引っ張られた。
踵がひっかかり、崩れ落ちそうになった俺の身体を、東間は軽々と引っ張り上げた。

「……何っ、」
「どこ行くんだよ、高屋」

そこにあるのは屈託のない笑顔。
この東間という男は日頃会話らしい会話さえ交わしたことの無い人間にも興味があるらしい。つまるところ俺だから、こいつも俺を詮索したいだけの事なんだ。

ただでさえ、接触というものが苦手だった。それは去年の出来事で追い討ちをかけた。
東間は何も考えずに、簡単に他人の腕を掴んだりできるのだろうが、慣れない俺は異様に胸がざわつくのを押さえられなかった。相手には何気ないスキンシップも、俺に取っては過剰だった。

掴まれた腕を解こうと自らの腕を引き寄せても、簡単には外れなかった。むしろ逃がさないとばかりに込められた力に慌てさえした。

「バイトの時間が迫ってんの。だから、手・・・離して」

搾り出したような俺の言葉に。少しの間をおいて、それはあっけなく離れていった。

ひと時の緊張もそれと共に解かれた。
人のふれあいには緊張もするし、恐怖に近い感情も湧く。そして他人から伝わる温度が不思議だった。
それは仕方のないことなのかもしれない――、唯一の家族にも触れられた記憶が少ないのだから。

そんなどうしようもない事に気付いて、自嘲するように笑うと、また扉に向かった。

「ちょっと待てよ、俺も帰るから一緒に帰ろう。方向途中まで一緒だったよな?」
「…えっ、」

そんな東間の言葉に蘇ったのは、一年前の新入生ならではの会話だった。
どこの中学だったのか、部活は何をやっていたのか、自宅はどのあたりなのか、とこれから親しくなるであろう相手に興味をもち、相手を知りたいと思うその会話。
…もちろん一年前自分も至って普通に、クラスメイトに混じってそんな会話をしていたのだ。

東間は忘れていなかったらしい。

じんわりと湧いた温もりは、きっとその頃の懐かしさ。
今では手に入れることの出来ない、あの頃の時間に思いを馳せた温もりだろう。



校舎をぬけ、門をくぐり、ひたすら通い慣れた道を歩いていく。
その間、東間の一方的な喋りが俺に向けられていた。俺は相槌もしないのに東間は楽しそうに話を続けている。それは少し下り坂になった閑静な住宅街の小さな交差点に差し掛かるまで続いていた。

「高屋、俺こっちだから」

そんな言葉で、東間の喋りはようやく終わりを告げた。

「…あぁ」
「んじゃ、またな」

じゃぁまた明日、学校で。と続きそうな言葉を東間は最後に残した。

まただなんて。次があるのかと思わせる言葉。
あるわけ、ない。

小さくなる東間の姿を、一度だけ振り返った。





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