ケンカップル
「おっ、前……、頭、おかしいんじゃっねえっ、の」
痛みで途切れ途切れではあるがしっかりとそう伝えると、谷口は屈んで自身と目を合わせてきた。
「林田、なんか勘違いしてねえ」
どういうことだ。
頭がついていかず訊ねようとするが、言葉が出てこない。代わりに出てくるのは呻き声ばかり。
「っな゛、ぐぁ、……っは、にしっ、てぇ゛ぁ゛、っ」
喉元の対して少しずつ加えられていく力に、呻き声すらも出なくなっていき、息をすることすら儘ならなくなってくる。
「、っぁ………ぅ゛、っ」
おちる、そんなことを覚悟した瞬間、ぱっと手が離され気管へ一気に空気が流れ込んできた。
「ぐぇ゛っ、が、はぁっ、」
突然のことに体がついていかず、嘔吐感が止まらない。えづいているとひどく無感情な声がかけられた。
「大丈夫?」
「お前、にっはぁ゛、大丈夫に、見えんのかっ、よ」
「さあ、興味ない。まあとりあえず生きてるんだし、大丈夫なんじゃね。でも林田がいけないんだぜ?気持ちわりい勘違いすっから」
普段気持ち悪いほど貼り付けている笑顔の取れた谷口は、なんて冷たい目をしているのか。能面のように、ごっそりと感情が抜け落ちている表情に林田はゾッとした。
「俺が好きなのは、その顔だよ。その嫌悪むき出しの表情。なのに、お前が変な勘違いすっからさあ。ついイラッときちまって」
「んだよ、お前。マゾかよ気持ちわりい」
「マゾ……?」
吐き捨てるように言い放つと、谷口は無表情なままこてん、と首を傾ける。幼いしぐさと表情のアンバランスさに、林田はどうしようもない恐怖を感じた。
「マゾ……、マゾね。それは違う、かな」
「あ゛?嫌われて嬉しいとか完璧マゾだろ」
「いや、なら俺は絶対にマゾじゃないな。だってお前の嫌そうな顔見てると、その顔、もっと歪ませてぐっちゃぐちゃにしてやりたくなる」
そう告げた谷口の顔は林田が見た顔の中で、一番穏やかで、本当に楽しそうに見えた。
「……やっぱり、お前頭おかしいだろ」
「さあどうだろ。まあとりあえず、明日からもよろしく。仲良くしようぜ」
そんな意味深な言葉を残して、颯爽と谷口は教室を去っていく。結局教科書は奴に握られたまま、返ってこなかった。
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