ケンカップル
突然近くで響いた声に、全身の毛が逆立つ。さっきまで窓際の席で黄昏ていたというのに、いつの間に移動してきたのか。あまりにも予想外な出来事に、言葉にならない声だけが洩れていく。
「びっくりした?」
解りきっているくせに白々しい。きっとこういうところも自身を苛立たせるのだと思う。
「何か用かよ」
つい嫌悪感で呻り声のようなものが出てしまった。あからさますぎたか、とも思ったが、くつくつといった嫌な笑いとそれに続く言葉で、そんな考えは杞憂だったと確信する。
「林田さあ、ほんとに俺のこと嫌いだよな」
――やはりばれていたか。
林田は、まるで他人事であるかのように、ぼんやりとそう思った。しかし自身の谷口に対する嫌悪は、自分で言うのもなんだがあからさますぎたので、ばれていて当然だとも思う。
「だから?」
自覚のある相手に気遣いなど不要だろう、想像以上に冷たい声が出たがどうでもいい。谷口の顔をぎっと睨みつけるが、嘘くさい笑顔で受け流されてしまい、一層苛立ちが増幅した。
「別に。林田はわかりやすいなと思っただけ。で、これ取りに帰って来たんじゃねえの?」
笑顔を崩さない奴が差し出してきた手には、化学の教科書。自身がわざわざ学校に戻ってくる羽目になった原因がしっかりと握られている。
「なんでお前が持ってんだよっ」
まさか谷口が持っていたとは思わず、悲鳴のような声が出た。返せ、と言葉が喉まで出てくるが、奴の触ったものなど持ちたくない。しかし、教科書には授業中先生が言ったことなどを書き込んでいるため、このままにしておくわけにもいかない。
「ホントに林田はわかりやすすぎ」
どうするのが自身にとって最善なのか、ぐるぐると頭を巡らしていると、馬鹿にしたような声が聞こえ、今までの積りに積もった苛立ちが爆発した。
「んだと、てめ、え゛っ」
林田は、衝動のまま谷口に掴みかかろうと腕を伸ばした。しかし、瞬く間にその手は払われ、同時に凄まじい衝撃が背中を襲う。視界に広がる机の脚と蛍光灯に、床に叩き付けられたのだと解った。あまりの痛みにうまく呼吸をすることができない。
「いいよね、その顔。俺林田のそういうイライラした顔すっげえ好き」
げほげほと咳き込んでいると、上から至極楽しそうな声が降ってくる。林田には、ピシリ、と思考が停止する音が聞こえた。
――今こいつは、好きだといったのか。こんなあからさまに嫌悪を表現する自身のことを。
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