初体験編



シャッシャッと手際よく答案の採点をしながら肇は小さく溜め息を吐いた。それは誰もいない教室に存外響き、静かさを際立たせる。赤ペンを机に転がし窓に目をやると外は真っ暗で、ぼんやりとうかぶ街灯を見ていると、なんとなく毛利の顔を思い出した。押し切られる形で始まった毛利との関係であったが、自身も大分絆されていたのだと、認めざるをえない。ぐっと一つ背伸びをして毛利の待つ家に帰るため重い腰を上げた。

車庫に車を止め、玄関を開けると同時に腹に衝撃が加わる。

「お帰りなさい、センセ」

どん、とタックルのようにして来る上、腰に回した腕にギリギリと力を込めるものだから腹が痛い。肇はべりっと毛利を引き剥がした。

「おーおーただいま」

素っ気なくかえすと、もー相変わらず冷たい。でも好き、などと言いながら大人しく後をついてくる。その行動は親鳥に続く雛鳥を思わせ、肇はふっと笑みをこぼした。

「センセ楽しそうだね。何かいいことあった?」

ニヤニヤと聞いてくる毛利にデコピンをくらわせ、別に、と返すと耳元でヤケに上機嫌な声が響いた。

「ええ、つれないなあ。俺は、やっと20歳になったんだと思ったら嬉しすぎて今日何にも手につかなかったのに」

ふぅっと息を吹きかけられて背筋が震える。肇は首を回して、昔とは違い自身よりも随分高い位置にある顔を睨みつけた。 

「セーンセ、目元赤くなってる。もしかして、感じちゃった?」
「な、バカかお前は。んなわけねえだろ」

目元を親指でなぞる毛利に慌ててそう返したが、奴にはそれが照れ隠しだとばれているのだろう。くつくつと笑い声が聞こえる。

「センセは変わんないね。ずっと可愛いまんまだ。…ねえ、約束、覚えてる?」

約束、と言う言葉が聞こえた瞬間肇は大きく肩を揺らした。これでは覚えていると言ったも同然だ。肇も自身でそれを理解したのか、震える声で返した。

「覚えてるよ。お前との、約束…」

そう約束。毛利が高校を卒業する際に交わしたのだ。毛利が20歳になって、それでもまだ肇のことを好きならば、肇を抱きたい、と。またもや毛利に押し切られて頷いてしまったのだが、あの時は毛利も大学に行けばこんなオヤジを追いかけたりはしないだろうと思っていた。しかし実際は、毛利との不思議な関係が途切れることなどなく、今日毛利は20歳の誕生日を迎えたのだ。

「センセ、俺もう大人だよ。生徒じゃないんだ、ガキじゃない。高校の時から好きな気持ちも変わってない。だから、いいでしょ?俺のものになって、肇…」

すがりつくようにそう言ってくる毛利にどうしようもない愛しさがこみあがってくる。本当はとっくの昔に好きになっていた。そうでなければいくら押し切られたとはいえ、ここまで関係は続かなかったであろう。肇は首に回された毛利の腕にそっと自身の腕を重ねた。


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