馴れ初め編



「センセ、先月離婚したらしいじゃん。もうご飯作ってくれる人はいないんだし、ちょうどいいっしょ。何で貰ってくんないの」
「ちょ、おま、何で知って。」

確かに先月離婚したのだがそのことはまだ誰にも言ってないはずだ。なのになぜ知っているのかと問い詰めようとすると、毛利にピシャリと言い放たれた。

「そんなの見てればわかるよ。俺がどんだけセンセのこと好きだと思ってんの。つうか、今それは関係ないし」

そうギラギラした目で言われ、肇はうっと言葉に詰まってしまう。

「で、何で貰ってくんないわけ?」

ここまで本気でぶつかって来られたのでは自身も真面目に答えなければと思い、肇はたじろぎながらも言葉を紡いだ。

「あのな、毛利。ちょっと落ち着け。俺も人間だからそうやって好かれるのに悪い気はしねえ」
「じゃあ、」

尚も食い下がろうとする毛利を落ち着けて更に続ける。

「あのな、お前は俺にとってガキで生徒なわけ。大勢の中の一人。特別扱いはできねえの。こんなバツイチオヤジ相手するだけ時間の無駄だ。ほら、帰れ」

そういって教室に帰そうとすると、今まで俯いていた毛利が勢いよく顔を上げ、声を上げた。

「わかった」

憑き物が落ちたかのような晴れやかな顔でそういうものだから少し拍子抜けしてしまう。

「お、おう。わかってくれたか。じゃあ、もう付きまとって…」
「それなら俺が早く大人になればいい話だよね」
「は?」

一体何を言うのかと思ったら、今までの下りを丸無視した発言に肩の力が抜けてしまう。

「お前、俺の話ちゃんと聞いてたか」
「聞いてたよ」
「聞いてたなら何でそうなんだよ」
「聞いてたからそうなったんだよ、肇センセ」

意味が分からない。こいつの思考回路はどうなっているのか思っていると毛利から呼びかけられる。

「肇先生」

いつものふざけた呼び方ではないことにどくり、と心臓が高鳴った。

「俺本気で好きなんだよ。だから頑張って大人になる。年齢はどうしようもないけど、中身はどうとでもなるよね。先生がほっとけなくなるくらいイイ男になるから。だから待ってて」

そうあまりにも真剣な目をして言うものだから、肇は思わず頷いてしまった。

「忘れないでね、絶対だよ。じゃあとりあえず今日は弁当持って帰るから。もう昼休み終わるし、また後でね」

慌ただしく自身の教室に戻っていく毛利の後ろ姿を見ながらまるで嵐のような奴だと思う。先程までのやり取りを思い出すと一気に2、3歳老け込んだような気持ちになった。毛利のような若さ故の実直さは40を過ぎた自身には眩しすぎるのだ。はぁ、と一つ大きな溜め息を吐き、ガリガリと白髪の混じり始めた頭を掻く。とりあえず昼食にしようと鞄からひしゃげてしまった焼きそばパンを取り出す。ガサガサと袋を開けかぶりつこうとしたところで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。肇はそっと焼きそばパンを机の上に置き、次の授業は絶対毛利に質問責めしてやると闘志を燃やしながら教室まで走って向かうのだった。

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