君の姿を追う日々は


私の数ある趣味の一つに、格闘技観戦がある。レベルの高い試合ももちろん楽しいが、荒削りで雑な素人くさい試合というのも、玄人同士の戦いには無い魅力があって面白いと思う。そんな私にとって、階を移動するだけで様々なレベルの試合を観戦できる天空闘技場という場所は、まさに楽園と言っても過言ではない。
そんな私の楽園に、先日天使が舞い降りた。名前は、ゴン君。年齢は知らないが、おそらく12、3歳くらいだろう。小柄な身体に見合わぬパワーを持った、少年闘士だ。
偶然彼の試合を観戦した私は、一目でゴン君のファンになった。自分の何倍もありそうな巨漢を、片手でふっ飛ばすその姿に、近頃私の胸は高鳴りっぱなしだ。穢れの無いつぶらな瞳、純真な笑顔、そして何よりもその半ズボン!
何を隠そう、私の数ある趣味の一つは、少年観賞なのである。ゴン君はそんな私の好みにドンピシャ、どストライクだったのだ。

ゴン君はキルア君というお友達と一緒に破竹の勢いで勝ち進み、今は120階クラスにいる。というわけで私も、今日は120階辺りをうろついる。
もちろんゴン君が110階にいた昨日は、私も110階にいた。オッカケってやつである。ストーカーではない。断じて!
そして今日も無事、遠目にだが彼の姿を見つけることができたのだ。
「ゴンくーん!がんばってー」
名前を呼んで、手を振ってみた。観戦中以外で、声援を送るのは初めてだ。
気付かれなくても、無視されても仕方ない。こっちを見て笑顔を見せてくれたら大収穫。そんなつもりだったんだ、けど。
ゴン君は私に気付くと、不思議そうに首をかしげた。そしてなんと、進路を変えて、すいすいと人波をぬってこちらへ向かってきてしまった。
彼は私の前で立ち止まると、驚いている私をまっすぐな目で見上げた。
「お姉さん、どっかで会ったっけ?オレに何か用?」
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの。ひょっとして、こんな風に声かけられるの、初めて?」
まさか一ファンに声をかけられたくらいで、わざわざ近寄って来てくれるなんて思わなかった。申し訳ないことしちゃったかな。
首をかしげているゴン君に、私は事情を説明する。
「私ね、ゴン選手のファンなの。だから姿を見かけて、思わず声をかけちゃったの」
「オレのファン?!お姉さんが?」
「そうよ」
「どうして?」
ゴン君の真っ直ぐな問いかけに、思わず言葉に詰まる。まさか、半ズボンに萌えましたなんて、正直に言うことはできない。
「だって、自分の何倍もありそうな大の男を片手で倒すなんて、カッコイイもの」
何食わぬ顔で、私はそう答えた。けして嘘は吐いていないのに、何故だろう。妙な罪悪感が。
「そっか、ありがとう!じゃあさ、キルアのことも知ってる?」
「もちろん、キルア選手の試合もよく見てるわよ。けど、誰のファンかっていえば、やっぱりゴン選手のファンなの」
「えー、なんで?キルアのがオレより強いし、勝ち方もカッコよくない?オレ、ドンッって押してるだけじゃん」
ゴン君はドンッのところで、いつもの押し出しのジェスチャーをしてくれる。可愛い。まさかこんなにおしゃべりできるなんて、嬉しすぎて鼻血が出そう。
「そのドンッが好きなの。なんていうかな…、スカッとするから」
「ふーん、そっか」
眩しいほどの笑顔で、ゴン君は私を見上げる。本当のことを言わなきゃいけない気分になるから、どうかそんな目で見ないで欲しい。いや、だから別に嘘は吐いてないんだけど。
「もしかして、お姉さんも闘士なの?」
「えっ?どうして?」
突然言い当てられて、私は驚いて目を見開いた。何を隠そう、私の数ある趣味の一つは戦闘なのだ。
しかし一見して、私は格闘技を嗜むようには見えないはずだ。それとも自分がそう思っているだけで、はたから見れば服の下にごつい身体を隠してるってバレバレなのだろうか。別に誰に何と思われても構わないけど、ゴン君にそれを見破られるのは、なんか嫌だ。
「うーん、なんとなく。強そうだから」
それは本当になんとなくなのか、それとも私に気を使って言葉を濁しているのか、どっちだ。
もんもんとしながらも、ゴン君の問いに答えを返す。
「確かに、私も選手の一人よ」
「やっぱり!何階にいるの?いつか戦えるかな?」
う、嬉しい!ゴン君が私と戦ってみたいって、そう思ってくれるならごつくてもいいや。私も戦いたい。ゴン君に、ドンッってされたい。でも、
「うーん、そうね。もうちょっと、ゴン君が強くならないと無理かな。私、200階にいるから」
ゴン君は念を知らない。出来れば、知らないまま200階には来ないでほしい。だけどこのペースで勝ち進めば、あっという間に来ちゃいそうだな。どうしよう。

それ以来、ゴン君は私を見つけると声をかけてくれるようになった。そして私のほうから、ゴン君に声をかけることはなくなった。
何故なら、私がゴン君を見つける前に、ゴン君が必ず私を見つけるからだ。彼はとっても目が良いらしい。
「あっ、名前さん!」
悔しいので、次こそ私が先に見つけようと思うのだけど、結果はこの通りだ。私を見つけたゴン君が、キルア君と一緒にこちらに駆け寄ってくる。
「ゴン君、キルア君、おめでとう」
二人はつい先ほど、190階で勝利した。だから私は、二人を捜していたのだ。
「ありがとう!これで名前さんとも戦えるね!」
「うん。じゃあ、初戦は私と戦ってよ。ね?」
「え?どういうこと?」
疑問の声を挟んだのは、キルア君だった。そうか、彼らは200階から申告戦闘制になるって知らないのか。
「200階からは、自分が戦いたい日付を指定できるの。だから、互いに日付を申し合わせておけば、好きな相手と戦えるのよ」
「「へーっ」」
そうして、200階のルールについて教えてあげながら、私は二人と一緒に登録へ向かった。
彼らは、念を知らない。私が教えられれば良かったのだが、私だって200階で洗礼を受けて初めて知った口だ。人に教えられるほど、念について理解してはいない。だからせめて、初戦で私と戦ってもらおうと思ったのだ。
キルア君については、それほど心配していない。彼は周りをよく見て、慎重に行動できる子だ。でもゴン君は、真っ直ぐ前だけを見て突っ走っちゃうところがある。だからちょっと、心配なのだ。
ただのファンだったはずなのに、いつの間にか二人の保護者みたいな考え方になってきている。やだな。まだそんな年じゃ、ないんだけどな。

ところが、私の気遣いはすべて無駄になった。彼らに洗礼を受けさせたくないと思う人物は、私だけではなかったのだ。
まず、同じ200階クラスのヒソカが、二人の登録を邪魔した。そのうえ、メガネのお兄さんが二人に手を貸した。後で紹介されたのだが、彼はズシ選手の師匠らしい。もちろん私はズシ選手もチェック済みで、ズシ選手が纏を使っていることも知っていたので、それを聞いてすぐに納得した。
そして二人は、あっという間に纏を覚えて戻ってきた。なあんだ。って、私は思った。
なあんだ。私なんかが心配しなくたって、大丈夫だったんだ。私が二人にしてあげられることなんて、大してないんだな。って。
勝手にお姉さん気分になって、保護者みたいなんて思い上がってだけど、私がいなくても二人は平気なのだ。当然だ。だって、あんなに魅力的な二人なんだもの。誰もが自然と、彼らに手を差し伸べたくなるはずだ。

二人は、みるみる成長した。結局私は、最後まで二人と戦わないままだった。
三日前、二人は天空闘技場を後にした。わざわざ私のところにも、お別れの挨拶に来てくれた。これから二人がどこへ行くのかは、聞いていない。
「名前さんと戦うって約束、守れなくてごめんね」
と、ゴン君は言ってくれた。キルア君は、「じゃーな」って、それだけ。
二人とも、きっともう私じゃ相手にならないって、悟っているのだろう。だから私の顔を立てて、あえて戦わないままここを去ったのだ。
若く、才能に溢れた二人の成長速度は、恐ろしいものがあった。対して私は、すでに伸び盛りの時期は過ぎている。もともとの才能だって、二人とは比べるまでもない。
けれど私は、二人に気付かされてしまった。そこそこの強さに満足して、現状に甘んじていた自分に。顔から火が出そうだった。
だから私は今、ズシ君の師匠であるウイングさんに頭を下げて、念を一から学び直している。恥ずかしい自分を変えるためには、努力しかない。
目指すは、9月1日のヨークシン。ハンター試験で出会った友達と、そこで会う約束をしていると、出会ったばかりの頃にゴン君が言っていた。
だからその日までに、私はもう一回り、強くなってみせる。そしてまた一ファンとして、ゴン君を追うのだ。オッカケってやつだ。ストーカーではない。断じて!
「点が乱れていますよ、名前」
「っすみません」
ウイングさんに指摘され、慌てて精神を整える。前途多難だ。

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