手のひらのスピカ



「うおーっ!星が綺麗だぞ!名前!」



子供らしい歓声が澄んだ夜空に響き渡る。子供らしいといったが、容姿も性格もまったくもって子供である。彼女の名前はリリィ。



かぼちゃパンツがいかにも可愛らしい。名前を呼ばれた私はそんな彼女に「そうだね。」と微笑んだ。微笑んだといっても、目の前の夜空に夢中な彼女には見えていないだろうが。



私はリリィと二人で夜道を散歩している。本当は、大事な話をしているヴィンセントが彼女の邪魔に苛立って部屋から追い出したようなものだけれど。だから機嫌が悪くならないように私が彼女に付き添うことにしたのだ。一人だと危険だし(チェインと契約しているため、勝手に人を殺されたりしては困るという意味での危険である)何より彼女を一人ぼっちにはさせたくないと思った。



夜の空は澄んでいて星が綺麗に輝いている。この空は百年後もこの姿のままなのだろうか?文明が進んで霞んでしまわないといいな。そんなことを考えてしまう。



あ、流星。私の心で瞬時に思ったことをリリィが大声で発する。そのテンションは小さな体に似合わずとても高い。



「流星だ!!見たか!?私はしっかりと見たぞ!!」



見たことが全てであるようなそんな言い方をするリリィ。子供というのは流星一つでこうまでも目をキラキラとさせるものなのか。



普段人を平気で殺す彼女であっても、こうして見ていればただの可愛らしい子供に見える。



「願い事はした?」



私は彼女の質問に質問で答えた。流星を見たというのは彼女だけの自慢話にでもしてあげればいい。一緒に流星を見る感動というのはすぐにでも実感できるであろう。



「あ!あっという間だったからしていないぞ!」



まるでさっさと流れてしまう流星に汚点があるかのように言い訳をするリリィ。しかし、その表情には願い事をしたかったという素直な感情が滲み出ていて、とても愛くるしい。



「あんな一瞬だと願い事なんて言えないよね。」



このときばかりは私もリリィの意見に賛成だ。落ちてくる隕石に三回願い事を言えば願いが叶うなど、誰が考えたのやら。



「だから、今、願い事しようよ。」



私の言葉はよく分からないものだろう。理由も説明できない。ただ、無邪気にはしゃぐ彼女を見ていたら願い事を言わせてあげるだけでもいいのではないかと思ったのだ。



「む!いいのか!?」



殺人を犯す子供が些細なルールを気にしている。私はのんびりと「大人がいいって言うんだからいいの。」と無責任な返事をした。



すると彼女は暫しの間、俯いた。願い事を考えているのか。もしくは願い事を言うべきかどうか悩んでいるのか。私には前者だと判断できた。だって私はリリィの側にいたから彼女のことはだいたい分かる。



リリィが顔を上げる。その表情があまりにも晴れやかで。夜空で星が輝いているようにも見えた。



「友達が欲しい!!」



凛とした声だった。彼女の願い事が夜空に響き渡る。私の心臓がとくんと跳ねる。



そのあまりにも純粋すぎる願いが、私の耳にこだまする。



リリィには家族がいる。血の繋がりがあるわけではない。だが、バスカヴィルという絆で繋がっている。



けれど友達がいない。勿論私にも友達がいるわけではないが、私は友達を欲したことがない。



リリィは友達を欲しがった。その願いが難しいということを彼女自身は理解できているのだろうか?



永遠に生きるしかない私たちに友達というものができるとは、私は思えなかった。けれど、リリィに友達ができればいいなと思った。彼女の願いを信じることにした。



「できるよ、きっと。」



なんの根拠もなくそう言う。その声が思ったより力強くて、夜空に響いた。私の言葉をどう受け止めたのか、彼女はただ嬉しそうに笑った。そして再び歩き出す。



子供は元気だ。大人の大きい歩幅が苦にならないのか、すたすたと大人の前を進んでいく。輝かしい星を目指して足を止めることなく前進していく姿は、見ていてどこか胸が熱くなる。



私はきちんと前へ進めているのだろうか?彼女みたいな無邪気な笑みを浮かべることができるのだろうか?先頭を歩くリリィを見つめながら、私はそんなことを思った。



「あの星が落ちてくれればいいのに。」



気づけばそんなことを口にしていた。あの星がこんな私をぺしゃんこにしてくれたらどれだけいいだろう。永遠なんて消えてしまうかもしれない。



そんなネガティブ思考が生み出した言葉だったが、リリィは純粋に私が星を欲しがっているとでも思ったのだろう、目を輝かせた。



「だったら私が星をとってやるぞ!」



彼女はそう断言してぴょんぴょんと上へ跳ぶが、そのジャンプ力はやはり子供のものといったかんじで、私の頭にも届いていない。



でも、彼女が一生懸命頑張っている姿が私を突き動かす。リリィの両脇に手を伸ばして一気に高く持ち上げた。俗に言う、たかいたかい、である。



「うおおおおお!星がこんなにも近いぞ!」



リリィは感動しているのか舞い上がっている。彼女の体はとても軽くて、このまま手を放せば夜空に飛んで消えてしまいそうな気がした。



目の前の夜空に浮かぶ彼女の姿が瞳に焼き付く。リリィのキラキラと輝く姿がまるで星のようだ。彼女は星なのかもしれない。



ただ、その星は私を押しつぶしたりしない。私に笑顔と温もりを与えてくれる。そう、私は気づけば笑っていた。嬉しくて笑っていたのかもしれない。リリィと一緒に過ごしていることがとても嬉しいのだ。だから、彼女の素敵な笑顔がこれからも永遠に続くことを願った。



手の中にある小さな星が、ずっと輝いていることを、祈った。




手のひらのスピカ






――――――

ちいさなあしあと様に提出。素敵な企画に参加させていただき、ありがとうございました。
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -