中身が欲しいのです
私は現の国でも有名な作家の1人だった。それ故に文学反対派に私の本をビリッビリにされる事はあるのだけれど、基本私が書くのは明るいお話。子ども向けの御伽噺の延長戦のような…ふわふわしていて掴み所がない、そんなお話が多いのだ。
「芥川先生のお話もいいけど、名前ちゃんの書く小説も僕大好き!」
私の書斎の隅で、ニコニコしながら小説を読む青年中島敦。私の数少ない友人である。へたれな所が目立つし、芥川先生芥川先生とうるさいが大変いい子である。だが、今回はそんな良い友人を構っていられる時間はない。
「だーーーーっ!!!締切!やばい!死ぬ!」
「名前ちゃん、語彙力行方不明だよ〜…!」
人気作家ってやっぱり大変なんだね…なんて同情の目を向ける敦に持っていたペンを思わず投げつける。スコーン!とおでこに一直線。ザマァみろ。
「あーあ…お伽噺の王子様なら、困ってるお姫様にそっと手を差し伸べてくれるんだろうなぁ…!」
現実逃避が始まった。うががと呻く私を敦はかける言葉が見つからないのか、痛いだろうおでこを摩っている。
あ、とだけ敦が零す。私はそんな事に構ってる暇は無いために無視を決め込んで必死にペンを真っ白な紙に走らせるのだが、正直もう紙と同じく私の頭まで真っ白だ。
「名前ちゃん。」
「え……?」
名前を呼ばれて振り返ると、お盆にマグカップを2つ乗っけて立っている。にこりと笑った敦はマグカップを私に手渡してくれた。あったかい、甘い香りだ。ココア?
「締切日だし、気を張っちゃうのもわかるけど…落ち着かないと良いお話書けないからね。」
えへへ、なんて。そう笑う敦に思わずキュンとした。
「名前ちゃんのお話大好きだから…急いで書いて中身に何も想いが込められてない、そんなお話読みたくないからなぁ…。」
「…あんた、言う時は言うわね…。」
まぁ、そうよね。
私は笑ってココアに口をつけた。
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