窒息


「私、この能力のせいで化け物扱いされて過ごしてた。でも、セプター4に入れてもらえて、室長や副長に良くしてもらって……初めて、自分の居場所を手に入れた気がした。変な能力持ってても、誰も気にしないんだから。
大分、心も落ち着いてきて、余裕が持てるようになってから…伏見くんと同じ任務に行って……何と言うか、一目惚れ、して……。でも、態度とかそう言うので、伏見くんが私の事嫌いって知って………」


小さな身体が、更に小さくなっているように見えた。涙をボロボロ流して、嗚咽混じりに呟かれる言葉。
俺は、この女は馬鹿でしかないと思った。こんな俺に一目惚れした事も、そして俺に嫌われていると知って尚、そう想い続けた事を。いや、嫌われていると知って、自傷行為に走った事を…なのか。重い。コイツの、愛とか言う甘ったるいものは、重い。


「じ、自傷行為に走ったのは、何も伏見くんに嫌われているって知ったからじゃないの。たまたま…同時期に、任務、失敗して……」


失敗というか、怪我をして。そう言った稲荷にそう言えばと思い出した。
仕事をソツ無く熟すコイツ…稲荷が、珍しく負傷して帰ってきた任務があった。相手だったストレインが、中々手強かったらしい。…コイツはコイツで、仕事にプライドを持っていたのかと少々驚いた。


「伏見くんに嫌われたのは、もう仕方ないか…って諦めてた。嫌われていたのを、好きになってもらうのは凄く難しいから。でも、任務で怪我して、皆に迷惑をかけたのが悔しくて、情けなくて…。たった1回、ちょっとだけ…と思ってやったリストカットを……」

「……俺に見られた、と」

「……………う、ん」

「チッ」


あのリスカ現場を見た時、稲荷は笑っていたが、内心はとても焦って居たのだろう。そこで咄嗟に吐いた、「死にたがり」の自分。
死にたがりの稲荷は、俺を繋ぎ止めようとした故に出来た"設定"。しかし、コイツはそんな馬鹿らしい"設定"を演じ続けた。
……………俺と、居る為に。


「チッ…………馬鹿だろ。世界一の馬鹿」

「返す言葉も無い……よ、うん」


1人の男を繋ぎ止める為に、咄嗟に吐いた嘘は生と死が隣り合わせのもの。力量を間違えると、時間を間違えると、終わり。それでもコイツは、稲荷は。


「………はぁ」

「…溜息吐けるんだね。舌打ちばっかだと」

「あ"??」

「嘘です」


冗談は言えるぐらいには回復したらしい稲荷に俺は舌打ちした。あ、また。何て声は聞こえない。


「…お前を殺すのは俺だ」

「え?」

「稲荷椿って言う世界一の馬鹿をこの世から葬るのは俺だ、っつった」

「………………それ、って?」


"死にたがりの稲荷椿"を殺すのは、稲荷自らが吐いた嘘、偽りでは無い。そう仕向けた、俺なんだろう。

しかし、コイツが吐いた嘘は、決して無駄にはなっていない事実にも、舌打ちした。コイツは、稲荷は俺が守らなきゃならねぇような、そんな気持ちが芽生えているからだ。有り得ねぇ。
だが…………

とりあえず窒息死でもさせとくか、とその唇を自分ので塞いでやった。


にたがり少女の末論

END





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