窒息
稲荷椿は"死"へ憧れを持った女だった。しかし、本当にそうなのか、最近疑問が尽きなくなった。
溺死を選んだ際、何故そのまま水に頭を突っ込み続けなかったのか。銃殺の際、何故用意できる銃を用意しなかったのか。火炙りの際、何故ライターで指を体を燃やし続けなかったのか。撲殺の際、何故瘤で済ます程度の威力にしたのか。
実はコイツは、ただの自傷癖の持ち主で、死ぬ事は怖いのではないのか、と思う。
「伏見くん」
「……チッ」
「な、何?何か…怒ってる??」
「…………」
「ふ、伏見くーん………っ!?」
コイツは一体、何がしたいんだ。気付けば体が先に動いていた。稲荷を壁に追いやって、俺が稲荷の前に立てば、世に言う「壁ドン」とやらが完成する。しかし、そこにある筈の甘ったるい雰囲気は存在せず、寧ろ、俺から発せられる威圧感にピリピリしていた。
「お前さぁ、本当は死ぬのが怖いんだろ」
「………!!」
「ふはっ!その顔、図星のようだなぁ?」
俺と壁に挟まれ、ビクリと震え怯える姿がやけに滑稽だった。本当はこの姿が、稲荷椿なんだろう。
「なんで、こんな事していた?自傷癖か?」
「……………ち、がう」
「へぇ?じゃあ、何だよ?」
言いにくそうに、俺と目線を合わせようとしない稲荷に舌打ちを一つしめやると、再びビクッと体が跳ねた。
死にたい訳でもなく、自傷癖でもない。ならば一体、何なのか。
「……み、…ん……………です」
「あ?聞こえねぇ」
「ふ、伏見くんと、仕事以外でお話、したかった…んです。ご、めん…なさい……」
「………はぁ?」
心底、間抜けな声が漏れたと思う。俺と、仕事以外で話したいが為に自分を傷付け続けた目の前の馬鹿は、涙目だった。
窒息(上)
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