BL Novel | ナノ

巡り愛

※この作品は現パロになります。
作者の趣味全開になりますので、苦手な方は次の頁に移るか、ブラウザバック推奨。
安倍晴明→17、18歳高校生設定
高杉晋作→25歳社会人設定

「おい、安倍。放課後、職員室へ。」
「……はぁ。」

ああ、きっとまた進路相談でしょう。私は教諭のそれを聞いて落胆した。私に夢等ありません。やりたい事も。自分が何の為に生まれ、今までこうして生きてきたその理由が分からないのです。そんな私が「進路」なんてものを決められる訳が無いでしょう。
もう嫌だ、と。心が叫んだ。昼休み、こっそり学校を抜け出した。人数の多いクラス故、私1人居なくなった所で誰も気にする事などない。私は制服のまま、無我夢中に走った。夏の日だった。じんわりと汗でシャツが貼り付く。運動は苦手だ。嫌いではないが、ずば抜けて足が速い訳でも、球技等得意種目がある訳でもない。さぁ、やるぞと言われたらやる程度。自分からやりたいとは思ったことが無い。その為、走るのもそう長くは続かなかった。

「あ、れ……。」

ここは何処だろうか。キョロキョロと辺りを見回すが、何も無いし誰もいない。森の中。元々私の通う高校が…人里離れた所にあるのですが…少し遠くに来すぎたのでしょうか。
嗚呼、そう言えば地図を見た際に、近くに大きな雑木林があった筈。ここら辺の地理に詳しいクラスメイトの貴之さんに聞いたら…そこには化物が住んでいるとか何とか。まぁ、田舎に伝わる伝承ですよねそう言うの。

「(一層の事、その化物が私を喰ってくれたらいいものを。)」

そうすれば何も考えなくていい、何もしなくて良いのですから。
ボンヤリとした脳で、雑木林を歩く。親には好きにしろと言われた。家を継ぐのは難しい、私は除霊師として出来が悪かった。だからと言っても夢が無い。このまま路頭をさ迷って、何もせずに死んでいくのも良いのかも知れない。そんな事は口煩い教諭が許さないのだけれど。

「………?」

少し拓けた場所に出た。東西南北木に囲まれた場所に、こじんまりとした家が一件。周りを蔦で覆われ、だが煉瓦造りのそれは逆にお洒落に強調されていた。

「こんな場所に家があったのですか…。」

人は住んでいるのでしょうか。家の周りを一周してみても、窓にも蔦が覆っていて中を伺うことが出来ない。家の周りには薪が積み重なっており、所々錆びているもののまだまだ現役そうな斧もある。そこから想像するに、人が住んでいるのかも知れない。お爺さんお婆さんでしょうね、きっと。この雑木林の地主さんとか。

「……おい。」
「ヒッ!!??」

急に私の背後に誰かが立った。まさか、化物?嗄れた声では無い、若い男性の声だった。後ろを振り向けばいいものを、恐怖に竦み、振り向けない。

「ンだよ、餓鬼か。此処は遊び場じゃねぇんだよ…帰れ帰れ。」
「う、わ、あああ……っ!」
「!?」

雑木林に私の叫び声が木霊する。私はそのまま意識を失ってしまったのだった。


「ん……?」
「……起きたか。」
「え、あ、うわっ!」

ごちん、と床に頭をぶつけた。その痛みに蹲っていると、声の主の笑い声が聞こえる。

「よお。」
「…あ、え、と……。」

暗くて分かりにくいが、銀髪の青年だった。髪を一つに結った彼はニッと笑っている。

「テメェ、俺に驚いて倒れたんだぜ。」
「…すみません。この雑木林には化物が居ると言う噂を聞いておりまして、それかと。」

元はと言えばそれに喰って貰えたらとか思っていましたが、私は案外小心者である事が分かりました。

「あー、それな。俺が此処に餓鬼を近付けさせねぇ為に撒いたガセだよ。」
「そうなのですね…。」

銀髪の男性はベッドに起き上がった私にマグカップを手渡してくれる。ココアらしい。

「お前、高校生だろ、近くの。今の時間は授業じゃねぇのかよ。」
「授業ですよ。でも、サボりました。」
「ふぅん…悪餓鬼なんだな。」

彼の持つマグカップからは珈琲の香りがした。私は貰ったココアに口を付ける。ふんわりと甘い香りと味が私を包み込んだ。

「…ワケありだろ。」
「何故、そう思うのですか?」
「何となくだけどな。そんな感じがしたよ。」

ワシワシと頭を撫でられる。雑だし、痛いけれど不思議と嫌では無かった。

「(……あれ?)」

私、この手を知っている、気がする。
私とこの人は初対面の筈なのに。

「あ、の、貴方の、名前は?」
「………ああ…名前、か。」

フッと寂しげに笑った男性は、蔦で覆われた窓に視線を移して答えた。

「高杉…晋作だ。」
「高杉晋作さん、ですか。」
「……チッ」
「!?」

何故私は舌打ちをされたのか、分からなかった。男性…高杉さんは珈琲を飲み終わったのか、席を外す。

「(高杉さん…やはり、私とあの方は初対面。なのに、何故こんなに懐かしいと感じるのでしょう…?)」

ココアは残り半分程になっていた。
暗い部屋を見渡すと、ウッドチェアにウッドテーブル、暖炉が目に入る。エアコンがない代わりに扇風機が裸で置かれていた。ベッド付近には数々のトロフィー。剣道大会の物のようだった。優勝ばかり。高杉晋作は偽名ではなく、本名らしい。そう言えばそういう名前の歴史人物いた気がする。

「……テメェの名前…。」

ひょっこり現れた高杉さんは目の前のウッドチェアにどかりと座って不機嫌そうだった。

「学生証、見たぞ。安倍晴明だろ。」
「あ、読み方が違います。」
「は??」

更に眉間に皺が寄った高杉さんにビクビクしながら、私は続けた。

「安倍は合っています。名前ですが、晴明(セイメイ)と書いて晴明(ハルアキ)と読みます。まぁ、渾名として皆さんには晴明(セイメイ)と呼ばれますけど。」

陰陽師みたいでしょう?
そう冗談目化して言うと、高杉さんは真剣な表情で私を見つめていた。思わず笑いを止め、部屋には静寂が訪れる。

「…そう、かよ。」
「………??」
「お前、俺の事は晋作でいい。敬語も要らねぇ。」
「え、いや、そんな。と、言いますか敬語は癖で抜けないんです…スミマセン。」

ぺこりと頭を下げると、高杉さん…じゃない、晋作さんは別に、とぶっきらぼうに答えた。そして、私の手からマグカップを抜き取る。

「学生はそろそろ帰れ。また暇な時に来いよ。」
「……え、ええ…って、良いのですか?また来ても…。」
「こんな所に住んでっと、誰とも話さなくて退屈なんだよ。退屈凌ぎに手伝え。」
「……はい。」

散々怖そうな顔をしていた癖に、最後は優しい笑みで私の頭を撫でる。何か、狡い人だ。


その、約3日後。高校は休みだった。
課題も終わり、暇だった私は寮を出て晋作さんの家へ向かう。私の通う高校は田舎のこじんまりとしたものの癖に寮がある。下宿もある。基本は実家から通う人が多いが、寮生下宿生も決して少なくはない。そして、田舎ならではなのか、高校の寮の割には門限がない。友人宅に泊まったり、別の下宿に泊まるのも良し。電車は1時間に1本あるか無いかの為、都会に出かけるのが厳しいからだろう。道を歩いててもご老人に会うばかりだし。

「晋作さんー…いらっしゃいますかー?」

家には鍵をかけていない、と晋作さんは仰っていました。不用心だと思いますが、田舎では車にキーを刺しっぱなし、ちょっと出かけるだけだからと鍵をかけない、なんて事が結構普通にあったりする(マジな話)。それに晋作さんの家は雑木林の奥深く、しかも化物が居ると噂を立てられている場所ですし(晋作さん本人が広めたデマですが)。鍵なんか必要ないのだそう。

「よぉ、来たかよ。」
「お久し振りです。…その手に持ってるのは?」
「竹刀だ。まぁ、練習しようと思ってたんだよ。」
「成程。見学させて頂いても宜しいですか?」
「別に構わねぇけど…面白くないぞ?」

家の周りは拓けている為、ちょっとした空き地ぐらいは場所がある。晋作さんは竹刀を振るい練習を始める。私は近くの薪割り用の切り株に腰掛け、その姿をぼんやりと眺めていた。

「お前には、よぉ。」
「?」
「夢、あんのか?」
「………ゆめ、ですか。」

竹刀を振るいながら、私にそう尋ねてきた晋作さん。夢、なんて私には無い。何もやる事がない。

「学生証、見た時よ、お前、三年ってあった、からなっ!」
「……。」
「ふぅ……。進路指導とかで親やら先公が煩い時期じゃねぇのかよ。」
「……教諭は、煩いですよ。」
「親は?」
「好きにしろ、と。」
「へぇ。」

手を止めてこちらを向いた晋作さんと、気まずくて視線を合わせられない私。晋作さんは何を思ったのか、続けた。

「俺、今年で25なんだわ。」
「は!?」
「大学卒業して、でもやりたい事見付けられなくてよ。卒業してからは2年間、世界各国回って旅してたんだ。色んな所に行ったぜ。裕福な国にも、貧困で苦しむ国にも。ボランティア活動もしてみたな。んで、思ったのは…。」

ブン、と一振り竹刀を振った晋作さんは私の方を見詰めた。

「守りたいものを守る強さが欲しい、ってよ。」
「………。」
「発展途上国で、ボランティア団体に加入して活動して…んで思った事なんだけどよ。まぁ、剣道やってた理由もそれなんだ。所謂、初心に帰ろう、って思った訳よ。」
「そう、なんですか。」
「とりあえず、日本に帰ってきて、自衛隊とか警察とかそっちの職に就きたくてよ。今は勉強中って訳だ。」
「へぇ………。」

良いなと。素直に私はそう思った。私には無い夢、理想を語る晋作さんはとてもキラキラしていて。私なんて何も無い。両親からも期待されず、教諭には何でもいいから早く決めろと急かされ、自分が本当に何がしたいのか向き合えない。分からない。

「お前よぉ……。」
「…?」
「泣くんじゃねぇよ…。」
「え……?あ、こ、れは……!」

ポロポロと零れ落ちる涙。いつの間に私は泣いていたのか。気付けば更に溢れ、止まらない。視界が滲み、擦っても擦っても溢れ出す。

「あー!擦んな馬鹿!」
「だ、って……!」
「だってもクソもねぇよ!綺麗な顔が台無しだろうっ!」
「!」

心臓がドキンと脈打ったのが分かった。
…私は小さな頃から除霊師として資格が無いと分かっていた。せめて霊力を高めさせる為にと髪を伸ばす事になった。ほら、言うでしょう。髪には神が宿るとか。厳しい家庭でしたから、言葉遣いについてもそれはもう厳しく躾られました。それ故今は敬語が癖となり、「敬語じゃなくていいよ」と言われても直せないのです。そんな私を小さな頃から皆は女のようだと、気味の悪いと言って罵った。私は自分が嫌いだった。しかし、小さな私は親が脅威であり、親に歯向かう事は出来なかったのです。そうして、『親好み』となった私を褒めてくれるのは勿論親だけでした。瞳が紅いのも理由だったのかも知れません。同年代の人達からすれば、不気味だったのでしょう。私は不気味な存在なのだ、と。そう、思い続けて17年間を生きてきた。
…そんな私を晋作さんは綺麗と。言われた事の無い言葉に、胸が熱くなっていく。

「し、んさくさん……っ!」
「!」

気付けばその胸に飛び込んでいた。嗚呼、私は何て阿呆な事をしているのか。晋作さんは、三日前に出会ったばかりだと言うのに。親にも見せた事がない涙を見せ、そして胸を借りて泣いている。晋作さんはそんな私の背を優しく撫でるばかりで。その手が、とても温かくて。とても、懐かしくて。私は涙が枯れるまで泣き続けた。


「おや?」

ある日、高校にて。私はいつも体育に使うジャージの上着を忘れている事に気付いた。何故、と思い出して見ると、そう言えばこの前晋作の家へ行った時、花いっぱい運動とやらの終わりだった為ジャージ姿だったことを思い出す。暑くて上着を脱いだまま、置き忘れてしまったらしい。
…あの日以降、私は晋作さんの事だけ「晋作」と呼び捨てで呼べるようになりました。何度も足を運び、他愛ない会話をして、別れる。毎日晋作との会話を楽しみに過ごしている様なものだった。晋作とだったら、素の自分を出せている様な気がして…嬉しかったのだ。

「晴明、最近表情豊かになったわねぇ?」
「…貴之さん。…そ、そうでしょうか?」
「ええ。あら?若しかして恋??」
「はぁ…そんな訳無いでしょう?所で次の体育は外ですか、中ですか。」
「中よ〜♪お肌が焼けないからいいわぁ。」

貴之さんはクラスメイトでも私に話しかけてくる珍しい人物です。彼はあんな雰囲気ですが観察眼が鋭い方なので、彼が言っている事は間違いないのでしょう。つまり、私は表情豊かになったと。まぁ、理由は彼の言う「恋」では無いのですが。晋作と過ごすのが楽しいのです。この気持ちが何なのかは、知りませんけれど。

「(今日の放課後、上着を取りに行きましょう。)」

そう決めて、私は授業に向かいました。


放課後。私は雑木林に訪れた。今日は教諭に進路指導で捕まらなかった為にいつもより早く来る事が出来た。晋作は何をしているのでしょう?私はそっと扉に手をかけた。

「おや、居ませんね…?」

自室でしょうか?私は晋作の部屋の扉に手をかけ、どうせなら驚かせてみようとそっと扉を開ける。そこで、私の動きは止まった。

「(え……?)」

ベッドに座っている姿が見える。が、それだけなら別に動きが止まったりしない。晋作は私の忘れていた上着を握りしめていた。瞳を強く閉じて、何かに耐えているかのような。小さく「晴明、晴明…っ」と紡ぐ唇。もう片方の手は、晋作の、己自信を扱いている…。

「(う、あ……。)」

ぼぼぼ、と顔に熱が集まるのが分かった。晋作は、私の上着をオカズとして、自慰をしている。何故?何で、そんな??私は少し開けた扉を気付かれぬように閉じて、家を出た。
雑木林を物凄いスピードで走り抜ける。顔はきっと真っ赤でしょう。だって、そんな、晋作が…。

寮に戻ってきても、何もやりたくなかった。布団を頭まで被り、何も考えない様に務めたが、ずっと先程の光景がリピートされる。晋作は、私の事が好き、なのでしょうか?そうだったら…いいな、と。何処かで思う自分がいる。あれ、私は、何故いいなと思うのでしょう?それは、つまり、私は、晋作の事が??そんな、嘘。

私はその日から、晋作の家へ行く事が出来なくなってしまった。会いたいという気持ちはありました。ですが、恥ずかしかったのです。晋作のあの行為、そして、自分のこの想い。受け入れるのが恥ずかしかった。そんな思いを持ち続けて早1ヶ月。流石にこのままではいけないと、思ったのです。この1ヶ月、会わなくて分かった。私はこの間ずっと晋作の事で頭がいっぱいだった。この気持ちが好きと言うことなのでしょう。ならば、腹を括るしかありません。何時までもこのままではいけない。私は今日の放課後に、あの雑木林へ行こうと決意を固めたのでした。

そしていざ、放課後になると心臓はバクバクとまるで別の生き物かの様に跳ね上がるし、顔は熱くなるしと散々なものに。何時も進路指導でとやかく煩い教諭も、流石に「風邪か?」と心配してくれた程に。お陰で「風邪っぽいので今日は早く帰ります」という言い訳が出来たのだが、雑木林へ行くスピードはいつもよりうんと遅かった。
煉瓦造りの、蔦で覆われた家は相変わらず人が住んでいるのか疑わしいものだった。私は扉の前で深呼吸。大丈夫、自分の気持ちを伝えれば終わるんです、と言い聞かせ、勢いよく扉を開けた。

「晋作!!…………?」

室内はがらんとしていた。晋作が使っているウッドチェアもウッドテーブルもない。お邪魔して室内を歩くが、台所の棚には晋作と私が使ったマグカップを初め、食器が全て姿を消していた。晋作の部屋は?恐る恐る扉を開けると、そこもすっかり何も無い部屋になっている。ベッドもない。本当に、何も無い。
まるで晋作が住んでいたことが幻だったのではないかと疑ってしまう程、そこは何も無かったのだ。呆然とせる他無かった。晋作は、何処へ?何も言わず、彼は何処へ行ってしまったのか。折角、私が想いを自覚して、伝えようと来たのに、あまりにも酷すぎる。くらりと目眩がした。晋作の笑顔が脳裏に浮かぶ。不器用だけど、何処か優しい。彼の姿が……。

「し、んさく……?どこ……??」

あの時の様に、ボロボロと涙が溢れ出す。しかし、それを止める人物は今は此処には居ない。視界が滲み、私は床に項垂れた。あんまりだ。私一人置いて、貴方は何処へ行ってしまったと言うのです。私は、貴方の事が好きなのです。貴方と共に生きたいと思ったのです。ですが、貴方にとってはしがない暇つぶしにしか無かったのですか?では、何故あの行為を致していたのです?何故?何処へ?

「晋作……っ!しん、さくぅ……っ!!」

親とはぐれた子供のように、何度も愛しい者の名を呼んだ。もちろん返事はないのだけれど。


何処かで、私はこの逆の立場にたった事がある気がするのだ。勿論自分にはそんな記憶は無いし、裏切るような相手も居ない。だけれど、記憶の何処か片隅にそれはいる。沢山の「仲間」「友人」と呼べるものを裏切った…そんな記憶が。

晋作にとっての私とは?
私にとっての晋作とは?
この想いは?
この記憶は?

色々と混濁していく意識の中で、私はそっと瞳を閉じた。きっと晋作は帰ってきてくれる。それまで待とう。私にはそれしか出来ない。夢も希望もあったものじゃない。自分が嫌いな私にとって、晋作といる時間こそが世界だった。何時だって待てる。きっと、否、絶対貴方は帰ってきてくれるから。


月日が流れて春となる。晋作と初めて出会ったのは夏の日だった。じんわりと暑い日だった気がする。今は爽やかな風が吹く、心地よい季節だった。

「あーあ。皆卒業して離れ離れになっちゃうわねぇ…。」

貴之さんの言葉に私はうなづいた。私達は卒業生である。この制服に袖を通すのもこれで最後。このド田舎な学舎に訪れるのも、最後なのである。

「でもアンタ…本当に進学も就職もしなかったのねぇ…。まぁ実家が有名な除霊師?なんだっけ?そっちを継ぐの?」
「お手伝い、ですけどね。私には除霊の才能がありませんので。」
「名前負けしてるわねぇ。」
「気にしているのです。ほっといて下さい。」

名前、か。そう言えば私が晋作に名前を呼ばれたのは出会って最初の1度だけだった気がする。「安倍晴明だろ?」と。あの1回限り。それ以外はアンタとかお前とかそんな呼び方ばかりだった。でも、あの日のあの行為をしている晋作は、私の名を呼んでいた。常日頃に呼んでほしかったなぁ…なんて、女々しく思っているとふわりと桜の木が揺れた。

「卒業式に咲くことなんて無いものねぇ…。もう少し南なら有り得るのかしら?」
「蕾もなかなか乙だと思いますよ。私達はまだ満開じゃない、蕾だと現実を叩きつけられている様ですが…。」
「言うわね…アンタ……。」

貴之さんは大きく溜息を吐き出した。その隣で私はそっと空を仰ぐ。此処を離れる事になるが、1ヶ月に1度は必ず訪れる予定だ。晋作がいつ帰ってきていてもいいように。
そして…

「貴之さん。それでは私はこれで。」
「あら…もう行っちゃうの?残念ねぇ…。」
「………また、会えますよ。」

きっとね。
私はそう言って学舎を離れた。向かう先は、あの雑木林。今日は、高校生活最後の日。嫌でしか無かった毎日…貴方に会ってから、そんな毎日が楽しみになった。卒業するんですよ。もう子どもでは無いのですよ。餓鬼かよと貴方は初対面で言いましたね?もう、大人なのですよ。

「……。」

あの煉瓦造りの家。相変わらず中の様子は外からでは分からない。

「(やはり、居ませんね。分かっては居ましたけども。)」

私はくるりと来た道を戻ろうとした。その時だった。

「どこ行くんだよ、晴明。」
「………っ!!」

私はその声に涙が溢れた。嘘だ。これはきっと幻だ。私は恐る恐る後ろを振り向いた。
そこには銀色の髪を束ねた青年が、居た。

「あ………。」
「卒業だろ。おめでとうな。」
「し、んさくっ!晋作っ!!!」

その胸に飛び込んだ。私の背をポンポンと軽く叩く晋作は、あの不器用な優しさを秘めた晋作本人だった。

「わ、私っ!わたしは、ずっと、貴方の事を……!!」
「おう。悪かったな、ずっと。」
「好き、です!わたしは、晋作の事が!!」
「…!…おう、俺も好きだ。晴明。」

私よりも少し高い背。温かい手のひら。嗚呼、私はずっと、彼を待っていた……。
私を抱きしめるその腕が、そっと脇に移り、私を抱き上げる。

「何処にも行かねぇよ。お前を置いてなんて。」
「……約束、して下さい。私を裏切らない、と。」
「裏切り…な。おう、勿論だ。」

何処か寂しげに微笑んだ晋作は直ぐに取り繕う様な笑顔を浮かべる。そして、

「んっ……。」
「……。」

口付けを交わした。ほんの一瞬、触れる程度のものだったけれど、とても甘く感じられた。何処か名残惜しい、なんて気持ちが芽生え、何てはしたないとはたと気づいて首を振った。

「色々と晋作に問いただしたい事がありますが、これだけは言わせてください。」
「おう、なんだよ。」

私を地面に下ろした晋作は余裕そうな顔で私を見下ろしている。それが何だか腹立たしくて、でも愛しくて。絶対驚かせてやろう、と決めて口を開いた。

「おかえりなさい。」
「………!おう、ただいま。」

記憶の何処かで言っている。とある記憶にはこの立場が逆だった世界があると。今までそれを否定してきていたが、案外本当にそうなのかもしれない。私と晋作は何処かで出会っていたのかもしれない。生まれ変わって尚、再び巡り会ったのだなんて、まるで運命。いつかそんな記憶を思い出せたりするのだろうか。いや、そんな事は構わない。今を精一杯生きていこう。晋作となら、きっと出来るはずなのだから…。




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