05 思い出の海


「ピアーズ」

病院へとやって来たナナはベッドの上にいる彼に微笑んだ
もちろんピアーズは何も答えない
答えてくれない事はわかっている、それでも懸命にナナは話しかける

「今日ね…貴方が好きだって言ってくれたマドレーヌを持ってきたの」

ガサガサと音を鳴らしながら紙袋から一つマドレーヌを取り出す
それを彼の鼻先に持っていくのだがやはり反応はない、それを彼の膝の上に置いて彼女は家から持ってきたピアーズの服を取り出す

「今日は外に出ましょ、外出許可はもらってるから」



* * *

クリスの車に乗ってやって来たのは海だった
だがここはただの海ではない、ナナとピアーズにとっては特別な場所なのだ
車椅子を降ろして立てると、そこにピアーズを乗せて海岸まで押す

「ここ……どこだかわかる?」

ナナは車椅子を止めるとストッパーをかけて彼の隣にしゃがみこんだ
ちょうど夕日が差し込んでいるあの辺りの海でピアーズにプロポーズされた
ピアーズはただじーっと海を見つめている、彼はこの海を見て何を想っているのだろうか?何か心に響くものでもあるのだろうか?

「半年前に貴方にプロポーズされた……私達結婚式もまだ挙げてないのよ。ピアーズ、いつになったら結婚式してくれるの?」

膝の上に手を置いて話しかけるが、ピアーズは海をずっと見つめたままだ
その時クリスがやって来て声をかける

「そろそろ戻ろう…」
「……えぇ」
「……なぁ、病院で結婚式をやらないか?」

クリスの提案に驚いたような顔をする

「…元々は俺のせいで君達の式が遅れてしまったんだ、簡単になるかもしれないが式を挙げよう」
「……病院で、結婚式を…」

ピアーズの外出は今日ぐらいまでなら許されているが外泊などはまだ許されていない
結婚式を挙げたくても挙げれなかった
だけど病院でなら結婚式をできるかもしれない、ナナは頷いた

「私…早く彼と結婚したいです」
「あぁ、帰って医者に相談しよう」
「はい!」

ナナは嬉しそうに微笑んで車椅子を押し、クリスの車に乗り込むと病院へと戻った


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