01


その街にある花屋は何度か通った事があったし、数えるほどしかないが行ったこともある
ある日とても綺麗な女性が現れていつの間にか心を奪われていた

これが俺の初恋でもあり、失恋でもある


きっかけはほんの些細な事だった
数日後に母親の誕生日が迫っていた、当然子供である自分にはプレゼントに送れる物なんて限られている
父親のように宝石や服などプレゼントすることなどできない
女性が好きなものといえば、そして自分にプレゼントできるとしたら花…だろうか
小銭をかき集めて外へと飛び出すと花屋を探した
外の寒さに手に時々息を吐きかけながら角を曲がったところで一軒の花屋に辿り着いた
ちょうど店の前に女性が立っていた、彼女も同じように手に息を吹きかけた後店のなかに入ろうとしていたので急いで駆け寄って声をかけた

「お姉さん!」
「はい?いらっしゃいませ」

振り向いた女性の顔にピアーズは胸を高鳴らせた
ドキドキとする胸を押さえながら微笑む女性にお金を渡した

「母さんの誕生日に花を贈りたいんだ」
「わかったわ、どれか入れて欲しい花はある?」
「ないよ、母さん花はみんな好きだから」
「ちょっと待っててね」

そう言って女性はまた微笑むと花を摘んでくれた
真剣に選んでくれる彼女の姿を目で追いかけていたピアーズの方に女性が振り向いた
またも胸が高鳴り寒いでしょ?と中に入るように促して熱いコーヒーを入れてくれた
もちろんピアーズの事を考えて砂糖やミルクをたっぷりと入れてくれた甘いコーヒーだ
お礼を言ってマグカップを受け取ると息を吹きかけてコーヒーを飲む
ほんの少しだが身体が温まったような気がした
彼女はいつからこの店にいるのだろうか?他に従業員はいないのか?名前は何て言うのだろうか?
そんな事を考えながらキョロキョロと店内を見渡すのだが従業員の姿もなく、彼女の名前がわかるようなものは何もなかった
自分の前に綺麗に仕上がった花束を差し出されてピアーズは満面の笑みを浮かべた

「はい、これでどうかな?」
「わぁ…綺麗だ!母さんも喜ぶよ、ありがとう」
「どういたしまして」

コーヒーを全て飲み干すと店の入り口まで送ってもらいピアーズは頭を下げた
角を曲がったところでピアーズは足を止めた
このまま帰ってもいいのだろうか?せめて彼女の名前が知りたいと思った
もう一度店に戻ろうとした時、店に近づく男の姿を見てピアーズは身を潜めた

「おかえりなさい」
「ただいま…変わった事はなかったかい?」
「大丈夫よ。コーヒーでも飲む?」
「そうだな、すっかり冷えてしまったし」

二人は店の入り口で会話を終えると中へと入っていった
彼女の恋人だろうか?
今の会話は映画やドラマなどで恋人がよく会話している内容だ
ピアーズは複雑そうな顔をして花束を握り締めるとそのまま自宅へと足を進めた


母親の誕生日も無事に終えてからお礼を言いに行こうと決めていた
だが遠くから店の様子を見ていれば彼女一人ではなく男と一緒にいる日が多くてなかなか店に行く事ができなかった
別に行けばいいのだがピアーズとしては彼女と話がしたかったし男がいるとややこしく感じた
何日か遠くから店を観察して感じたのがたまに女性がどこかここではない遠くを見つめているような目をするのだ
どうしてそのような寂しい目をするのかわからない
だけど自分の母親も時々あのような目をする時がある、父親が任務で出て行ったときや帰ってくるのを待っているときだ
もしかして彼女も誰かを待っているのだろうか?知りたくて堪らなかった

次の日
男がいない隙を伺ってピアーズは店を尋ね彼女に声をかけた

「あ、確か君はこの間の……」
「そうだよ。お姉さんこの間は花束ありがとう、母さんすごく喜んでた」
「ホント?よかったー…私も嬉しいわ」

嬉しそうに微笑む女性にピアーズも目を細めた
ふと女性が手を伸ばしてきて自分の頭を撫でてきたので思わず手を振り払って自分の頭を抑えた

「お、お姉さん…!」
「あ…ごめんなさい。もう頭とか撫でられる年じゃないかな?」
「い、いや…そうじゃなくて……そういえばお姉さんって最近この町に来たの?」

本当は撫でられてすごく嬉しかったのだ、だけど自分の年になるとどうも素直になれなくて難しい
そして話題を切り替えた
ピアーズの質問を聞いた彼女は少し悲しそうに目を伏せてベンチに座ると自分の隣に座るように促された

「3ヶ月ぐらい前に来たの」
「どこから来たの?」
「……ラクーンシティよ、知ってる?」
「……街中の人がゾンビになったって所でしょ?知ってるテレビでもやってたし」
「そう。私はね兄に連れられて何とかこの街に逃げてきたの、でこのお店をやってる人に仕事を紹介してもらってここにいるの」

ラクーンシティの事件はピアーズも知っていた
テレビで見たときは衝撃を受けた、逃げ惑う人々に襲い掛かる化け物
あそこから彼女は逃げてきた。きっと恐ろしくて怖かったと思う
ふとピアーズが彼女の顔を見ればまたどこか遠くを見つめていた、寂しそうなあの目

「…お姉さん、この店で誰か待ってるの?」
「え……?」
「たまにさ…遠くを見つめるような目をするよね……俺の母さんも父さんが帰って来ない時とか心配になってそんな目をするんだ」
「……お父さん、危険な仕事してるの?」
「俺の家は軍人の家系なんだ……俺も将来その道に進みたいんだ」

軍人以外の道は自分には考えられなかった
曽祖父の代から軍人の家系に生まれた自分にとってはこれ以外の道はなかった
悲しそうに目を伏せる女性だったが優しく微笑んで口を開いた

「頑張ってね、あなたならきっとなれる」
「ありがとう」
「……さっきの話の続きだけど、そう待ってるの私…連絡が取れなくなったあの日からずっと……」
「…家族?」

本当は恋人かを聞きたかった
だけど彼女は首を振った

「恋人…」

店に一緒にいた男が恋人ではない事がわかった
だが彼女には男がいて自分の初恋が実らない事も同時にわかった

「……そっか」
「……ねぇもしあなたが私の恋人と会うことがあったら伝えてくれる?ずっと待ってるって……」
「わかった…じゃあもう行くねお姉さん」

彼女との約束だ
そう勝手に自分の中で約束してピアーズは立ち上がった
彼女の恋人を自分が探せばまた彼女に会えることができる、それに彼女も笑ってくれるだろう
店から立ち去ろうとしたのだが恋人の名前を聞いていないことを思い出した

「恋人の名前は?」
「…クリス……クリス・レッドフィールドよ!」

自分に期待してくれているのだろうか?
彼女は先程よりも少し目を明るくさせて恋人の名前を言った
親指を立ててピアーズは反対側の歩道に渡ったとき彼女に呼び止められた

「ねぇ!あなたの名前は?」

自分の名前を尋ねてきたのでピアーズは大きな声で返した

「ピアーズ・ニヴァンス!」

多くの車が行き交う中でピアーズは大きな声で名前を叫んだ後、その場を後にした


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