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この扉を開ければみんながいて、タキシードを着たクリスが待っている
一度深く呼吸をして外に吐き出す
今日から私はクリスの恋人ではなく、妻となるのだ
ふと隣を見るとジルが目を細めて手を握り返してくれた
ヴァージンロードを一緒に歩くのに女の彼女にやってもらうのは変な話なのだが他にいなかったのだ
ナナの兄はまだ認めてくれないのか、来てくれなかったのだ
いよいよ入ろうかと扉に手をかけた時、後ろから聞こえた足音の方を振り向いてナナは目を見開いた
* * *
「結婚おめでとうクリス」
BSAAの職場についたクリスは仲間たちからのサプライズを受けた
扉を開けた瞬間にクラッカーが鳴り響いて紙くずが彼の頭の上に落ちる
花束を渡されてクリスは同僚たちに「ありがとう」と目を細めて答えた
「まさかクリスが結婚とはなー」
「女の話なんか全然聞いたことなかったのに…そういうのがちゃんといたとはなぁ」
「ふふっしかも10年近くも想い続けてるのよ」
ジルの言葉に同僚たちは驚いたように声を上げる
驚かれるのも無理はない、同僚たちに合コンに誘われてもクリスは行かなかったし恋人の話を振られてもいないの一言で返していたのだから
女性にも何人かに告白された事があったのだがすべて断っていた、一部の人間からはゲイではないか?と疑われていた事もあった
「楽しみだな結婚式」
「何はともあれよかったなクリス、奥さん大事にしろよ」
「あぁ…大事にするさ。一生な」
同僚たちに肩を叩かれてクリスは答える
彼の決意にジルも嬉しそうに目を細めて見ていた
* * *
――ただいま出かけております、ご用の方はメッセージをどうぞ
「あ、兄さん?私…ナナ。久しぶり…元気にしてる?……出て行ってから数年経つけどあれから一切会ってないし……突然の電話で驚くかもしれないけど………私、クリスと結婚するの。半年後に式を挙げるから兄さんにも来て欲しいなって……ヴァージンロード一緒に歩いて欲しいの、家族はもう兄さんだけだし………連絡くれたら嬉しいな」
それだけ言うとナナは電話を切った
兄の連絡先が変わっていないことは本当によかったと思う
クリスと一緒に飛び出してから一切連絡をとっていない兄は今どうしているのだろうか?
まだ怒っているだろうか、結婚式にも来てくれないかもしれない
色々と考えながらため息をついているとクリスがちょうど帰ってきた
いつもより早い帰宅にナナは驚いて声をかけた
「クリス?どうしたの…」
「今日は早めに帰っていいってさ、奥さん待たせてるだろって…」
「ふふっ…まだ式まで半年もあるのに」
クリスに抱きついて唇を重ねる
唇が離されてナナは目を伏せて口を開いた
「さっき…兄さんに連絡したの」
「どうだった?」
「…ん、出かけてるのかな一応留守電にメッセージは入れておいたんだけど……結婚式来てくれないかもしれない」
「そんなわけないだろ、たった一人の家族の結婚式なんだ。まだ半年もある、また明日も連絡入れてみるといい」
「……そうだね」
優しく微笑んでくれるクリスにナナも同じように微笑み返した
同僚からもらったのかクリスは花束をナナに渡す
受け取った彼女はすぐに空いている花瓶を探して花をそちらに移した
式までまだ半年、本当ならすぐにでも式をあげたいのだがそうもいかない
クリスの言うとおり半年も時間があるのだから兄とだって連絡が取れるはずだ
だがナナの兄が連絡を返してくれる事はなかった
ギリギリまで粘っていたのだが、もう彼は来てくれないのだとナナは肩を落とした
式の前日の日の夜
クリスとベッドに入ったナナは彼に手を握られた
今日は恋人同士の最後の夜だ
「別に…明日も君とこうして寝る日が来るのにな……どうして緊張するんだろう」
「…もう恋人じゃなくなるから?」
「そうかもな……」
「……兄さん、連絡くれないからジルにお願いしちゃった」
「そうか……」
「兄さんにも見て欲しかったな…私のウエディングドレス」
「……」
「……あ、大丈夫泣かないからね?……明日までとっとくから…」
「ナナ……」
クリスに抱きしめられてナナは彼の胸板に顔を埋めた
彼女の肩がかすかに震えているのがわかり彼は黙って抱きしめていた
* * *
教会の扉に手をかけた時後ろから聞こえた足音の方を振り向いた
スーツを着たナナの兄がそこに立っていたからだ
「兄さん……どうして…?」
「……どうしてってお前……大切な妹の結婚式だからに決まってるだろ」
「っ…!!」
堪らなくなってナナは兄に抱きついた
同じように彼も抱きしめ返して彼女の背中を数回叩くと「すまなかった」と謝った
連絡はちゃんと彼に届いていたのだ、だけど彼も彼でどうしたらいいのかわからなかったのだ
しかし自分のたったひとりの身内、大切な家族が結婚するというのに出なかったら一生後悔するだろう
「ヴァージンロード……歩いてくれる?」
「…もちろんだ……結婚おめでとうナナ」
兄と腕を組んでナナは教会の中へと足を踏み入れる
タキシードを着たクリスが彼女の兄の登場に驚いていたようだが彼も嬉しそうに目を細めた
クリスの所まで辿り着くと兄は小声でクリスに声をかける
「ナナを泣かせたら許さないからな……頼んだぞ」
「あぁ…」
兄はそのまま席へと戻っていく、クリスとナナは見つめあうと牧師の方へと振り向いた
そして誓いの言葉を交わす事となる
新郎となる私は、新婦となるあなたを妻とし、良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを別つまで、」愛し続けることをここに誓います
「では誓いのキスを」
クリスはベールをそっと上げた、綺麗に化粧をされたナナが優しく目を細めている
顔を近づければ目が閉じられて唇が重ねられると周りから歓声が上がり温かい拍手に包まれた
みんなの前でキスは恥ずかしかったのか照れくさそうに微笑む二人の姿があった
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