40


夜中の病院をコツコツと歩く靴の音が聞こえる
夜勤担当の看護婦が巡回しているのだろう、時々立ち止まっては部屋の中の様子を覗いている。扉が閉まった音を聞いてからナナは寝返りをうった
明日には退院するのだがなかなか寝ることができない、嬉しくてではなく戸惑いと不安があるからだ
クリスは自分を連れて行くと言った、彼の瞳は本気だったし嘘ではないだろう
行っていいのだろうか?
好きな男と暮らせるのは嫌ではないが、本当にいいのだろうか?
やはり抵抗してでも行くのはやめるべきだろうか
色々と考えながら再び寝返りをうって瞳を閉じた


「おかえりなさいクリス!」
「ただいま」

外から帰ってきたクリスへとおかえりのキスをするとナナは再びキッチンへと戻る
温めていたビーフシチューを更に盛り付けてからテーブルへと並べる
出てきた食事にクリスは嬉しそうに目を細めると椅子に座ってスプーンを手に取り口づけようとしたとき鈍い音が聞こえてクリスの身体が一瞬揺れた
何かと見てみれば彼の胸部を黒い手袋が貫いている、目を見開いてクリスを見れば彼はそのまま目を閉じ後ろからウェスカーが現れた
ウェスカーの出現にナナは椅子を引っくり返しながらも逃げようとするが首を捕まれて持ち上げられる、血のついた右手が自分の胸を貫こうとした


「っ…!!!!!」

大量の汗をかきながらナナはベッドから身体を起こした
ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返しながら固く目を閉じた、夢でもまたあの光景を見ることになるとは…


* * *

翌日
クリスは病院の駐車場に車を止めてすぐにナナの部屋へと向かった
彼女の部屋が見えたとき何やら騒々しくしながら看護婦が出てくる
嫌な予感がしたクリスはすぐに彼女の部屋へと入った

「何があったんだ!?」
「それが…ここの患者さんが行方不明になってしまって…」
「何だって!?」

確かにそこにナナの姿はなかった
側にいた彼女の兄はどこに行ったんだ、と肩を落とした
そんな彼の肩に手を置いてクリスは声をかける

「俺が必ず見つけてくる」

返事はしなかったがクリスはそのまま病院を飛び出した
車に乗って走り出したのはいいのだが彼女は一体どこに向かっているのだろうか?
この街で彼女の思い出の場所などクリスは知らない、唯一知っているのは彼女が働いていた花屋だ
そこにいることを願いながらクリスは車を飛ばした


裏口から店の中に入りナナは心臓をドキドキとさせながら店の中へと歩いていく
まずたどり着いたのは1階だ、自分はここでウェスカーに首を捕まれて腹を殴られた
思い出すあの光景に目を固く閉じて首を横に振る
植木鉢の破片などが飛んでいるため踏まないようにしながら次は2階へと上がる
コーディが殺された現場だ、一歩一歩階段を上る
壁に彼の血が飛んでいた、そして床にはここでコーディが倒れていたのだろう白いチョークで書かれた跡がある。ナナはゆっくりとしゃがんで手でその床を撫でた

「ごめんなさい…コーディ……痛かったでしょ?……私を助けてくれてありがとう……」

何も答えないのは当然だ
ナナは涙を流し、側に落ちていたガラスの破片を手に取ると自分の手首に当てた
せっかく彼が助けてくれたこの命を捨てる事に怒りを覚える人もいるだろう
だけど耐えられないのだ

「何してるんだナナ!」

自殺をしようとしている彼女の姿を見たクリスは怒鳴ると急いで駆け寄り後ろから彼女を抱きしめるとガラスの破片を持っている手首を掴んだ
それと同時にナナが暴れだす

「離してクリスっ!!…私耐えられないっ…」
「死んでどうするんだ!せっかくコーディが君を守ってくれた命なのに…っ!粗末にするな!こうなるためにコーディは君を助けたんじゃないんだぞっ!!」
「!! うぅっ……!」

嗚咽をしながら泣き出したナナはそのまま破片を地面に捨てた
ゆっくりと地面へと崩れていくナナを抱きしめながらクリスも同じようにゆっくりと跪く
ここはもうナナにとっては恐ろしい場所だというのに…コーディが殺された場所だから自分もここで死ぬつもりだったのだろう

「ナナ…もうこんな馬鹿な事はやめてくれ」
「…うっ…っひ…く……し、にたい……もう、こんな……」
「……どうしても死にたいっていうなら俺を殺してからにしてくれ」

クリスの言葉に目を見開いたナナは彼を見る
先ほど捨てたガラスの破片をクリスは拾うとナナの手に握らせて自分の腹部へと押し付けた

「…俺はもうナナがいなきゃ意味が無い、死ぬなら俺を殺してからにしてくれ」
「クリス……っ」
「俺の為に生きてくれ……俺が必ず守るから……」

破片を捨ててナナは力強くクリスに抱きついた
あの日自分は殺されてもおかしくはなかった、だが何かの運命で自分は今も生きているのだ
こうして生き延びている事には何か意味があるのだ


病院へと戻ってきたナナの姿を見て彼女の兄は力強く抱きしめる
抱きしめられながら彼女は兄さん、と小さく声をかけた

「兄さん……私、この街を出るわ……クリスと一緒に」
「……なんだって?」
「彼の側にいたいの……」
「あの男の側にいればまた襲われるぞ!?」
「…それで死ぬのならそういう運命なんだと思う……それでも私はクリスの側にいたいの」

真っ直ぐと見つめる妹の瞳に兄は椅子に腰をかけて顔を俯かせた
声をかけたのだが「出て行け」の一言だけで返された
きっとこれ以上何を言っても意味が無いのだろう、クリスに行こう、と促されて彼は出て行くのだがナナはもう一度兄を見た

「ありがとう兄さん……大好きよ、連絡するからね」


クリスとナナは空港へと向かい、ジルと合流するとこの街を去った


130413


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -