ラブバード


「お前さん、いつもその簪(かんざし)をつけてるな」

なまえの膝枕を堪能しながら、氏康はふいと気づいたように言った。なまえは何気なく、自身の結髪に挿してある簪にそっと手を伸ばす。

「嫁いだ時からつけてるな。そんなに大事なモンか?」
「いえ、そういうわけでは……」

ただ、となまえは続ける。

「自分に似合う簪ってよくわからなくて……でも、飾り気のないのもあれですから、義元兄様からいただいたこれを挿しているだけです」

なるほど、と氏康は口の中で呟くとしばらくの間、簪を見つめる。真っ直ぐな瞳に見つめられ、なまえは恥ずかしいのか頬を染め目を泳がす。おい、と氏康は口を開いた。

「確か……桜の花が好きだって、花見の時に言ってたよな」
「え? ええ、桜は美しくて大好きです」
「そうか」

と、返すと氏康は突然、体を起こした。氏康様? となまえは首をかしげる。立ち上がるなり、ちょっくら用事を思い出した、と告げると、氏康は部屋を出て行った。一人残されたなまえはちょいと首をかしげ、氏康の背を見送った。





「お館様、今からお出かけですか?」

廊下でたまたますれ違った甲斐姫が氏康に声をかける。ああ、と頷(うなづ)くとふと歩みを止める。

「小僧、ちょっと聞きてぇことがあるんだが……」
「あたし女なんで小僧じゃないですってば!!」
「んなこたァどうでもいい」
「どうでもよくないですよ! それで、聞きたいことってなんですか?」

なんだその……と、氏康は片手で頭をかきながら言う。

「城下で、簪が有名な店はあるか?」

思いもよらぬ言葉にぎょっと目を開き、おどおどとした口調で逆に甲斐姫が問う。

「お、お館様……そういう趣味があったんで、」
「ド阿呆、俺がつけるんじゃねぇ」
「えっ、そうなんですか? よかったぁ」

じゃあ誰かに贈り物ですか? と甲斐姫は続ける。氏康はふいと目を逸らすと、手短に事情を話した。聞き終えると同時に、さすがお館様っ! と甲斐姫は感動する。

「それじゃ、あたしがとっておきのお店に案内します! 一緒に行きましょう! というか、変なものを選ばないように、乙女代表として無理やりにでもついていきます!!」

意気込む甲斐姫に氏康はため息をつくと、勝手にしろ、と残すなり歩き出した。その後を甲斐姫は笑顔でついて行く。





一人部屋に残されたなまえは、手際よく着物を縫っていた。モテモテになりたい!! とよく言っている甲斐姫に、内緒で贈ろうと思いこっそりと作っているのだ。そこへふわりと風が吹く。なまえは手を止めると、あなたも暇を持て余しているのかしら? と、虚空に問いかけた。すると、風とともに小太郎が姿を現す。腕を組んだまま、小太郎は静かに口を開く。

「氏康とともに、城下へ行かぬのか?」
「あら、氏康様は城下に出られたの?」
「ああ、女とともにな」

女? と復唱し、眉根を顰(ひそ)めたが、すぐに誰か理解をする。

「甲斐のことかしら」
「さあ、別の女かもしれぬぞ」
「なら、甲斐ちゃんで間違いはないわね」

と、なまえは微笑む。小太郎は少し詰まらなさそうに目を伏せた。やっぱり、となまえは続ける。

「あなたは本当、わたしをからかうのが好きなのね」
「風が一人の女をからかって何の得がある」
「氏康様へ嫁いで随分と時間が経つのよ。あなたの性格だって、そろそろわかってきたわ」

でも、となまえは繋ぐ。

「知らせてくれてありがとう」
「構わぬ。それより、そろそろ夕食(ゆうげ)の仕度をする刻限ではないのか?」

小太郎に言われ外を見る。太陽は夕焼け色に染まる前だった。いけないっ、となまえは急いで片付けると腰を上げた。何分食べる量の多い人たちが多いこの家では、普通の量では足りない。

「教えてくれてありがとう、小太郎さん」

それじゃあまた後で、と告げるとなまえは部屋を出て行った。軽く鼻を鳴らすと、小太郎はフッと口角を上げた。



夕食の時刻になり、用意もすべて整ったというのに空席が二つある。出かけてはいても必ず夕食までには戻ってくるのに、となまえは少し心配になる。すでに子ども達は席についており、空腹と戦っていた。これ以上お預けを食らわせるのは酷だと考え、子ども達に先に食べるよう促す。その時、二人分の足音が聞こえた。

「ただいま戻りました、奥方様!」
「すまねぇ、遅くなっちまった」

お帰りなさい、と言うとなまえは腰を上げ、氏康の傍に向かう。甲斐姫はよほど腹が減っていたのか、早足に席に着くといただきますと手を合わせ夕食に箸をつけた。

「城下へ出かけていたと聞きましたが、何か楽しいことでもございましたか?」

なまえの問いかけに、小太郎のやつ、と氏康は口の中で呟く。氏康の代わりに甲斐姫が問いに答えた。

「楽しいもなにも、大変だったんですよ! お館様ったら店主をものすごく急かし、」

先を続けようとした甲斐姫に向かい、余計なことを喋るんじゃねぇ、と氏康は一喝する。きょとんとしながら氏康と甲斐姫を交互に見て、なまえは首をかしげた。そんななまえを氏康は突然、抱きしめる。なまえはもちろんその場にいた家族は驚き、甲斐姫はポロリと箸を落とす。

「氏康さ、」
「じっとしてろ」

と囁く様に告げると、氏康はなまえの髪に挿してある簪を唇で挟む。そして優しくすっと抜くと、懐からあるものを取り出す。それを見たなまえはあっ、と声を上げた。懐から出したあるもの――桜の花を彩った煌(きら)びやかな簪をなまえの髪に挿した。唇に挟んだ以前の簪を手に持つと、二人は距離を保つ。氏康はなまえの姿を見てふっと微笑んだ。

「桜の花がよく似合って、更に良い女になったじゃねぇか」
「氏康、様……」
「急いで作らせたんだが、成田の小僧が注文ばっかつけやがってな。えらく時間が掛かっちまった……飯の刻限に遅れて、悪かった」

氏康が贈った簪に、なまえはそっと手を伸ばす。ふいに涙がこみ上げ、袖で軽く目元を拭った。目を大きく開かせた氏康は、どうした!? と問う。ごめんなさい、と前置きすると、なまえは頬を染め満面の笑みを浮かべた。

「わたし、氏康様に嫁いで……っ、本当に良かった」

そう言うと、なまえは氏康の胸に飛び込んだ。阿呆、と愛しそうにこぼすと、氏康はなまえを抱きしめた。




ラブバード
「……ていうか! お二人ともご飯中ですってば!! それから、モテないあたしへの当て付けですか!!」
「ちっ。小僧、ちょっとくらい空気を読めド阿呆が」
「あっ、いけない。わたしったらみんなの前で……恥ずかしい……」
「気にすンな、見せ付けてやりゃーいんだよ」
「やだもうっ、氏康様ったら!」
「絶対、当て付けだ……」






愛子||120924
(title=Aコース)
(ラブバード=おしどり夫婦)


愛子ちゃん宅の企画に参加してきまして氏康をリクエストしたのですが、いやもう久々に萌えました。何度も何度も萌えました!!しかも甲斐姫や小太郎も北条家みんな出てきて…そして止めは簪を唇で抜くという描写でございまするっ!!!いや、もう頭パーンってなりましたねっ!!愛子ちゃん本当にありがとうございます…宝物にしますっ!そしてこれからもよろしくお願いいたしますっ!!
120925
水瀬


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