「名前!待ってよ」

『若様、あちらにいるご学友…いいえ愛しき方のもとへ戻らなくともよろしいのですか。というか戻ってください。付いてこないでください』

私の口調がこんな風になってしまっているのは先ほどの衝撃すぎる光景を見たから。

『カナ様とイチャイチャしておられるなら、私達に部屋には近づくなとひとこと言ってくださればよろしいのに』

――おかげでイヤなものを見てしまったじゃないか。

足を止めずに若様をギロリと睨んだ。

「だから聞いてよ!名前は誤解してるんだって!」

『へぇ?あんな場面を見せておいてよくそんなことが言えますね』

若様の言葉に、たまらず足を止めてそう言えば彼は困ったような顔をした。そこで気付く。

――ただの下僕である私がなんということを。なんて無礼な。

「だから…あれは事故で…」

若様の言葉など聞かず、私はその場に膝をついた。

『ほんに…申し訳ございません。とんだご無礼をお許しください』

「ちょ、名前!?」

若様だってお年頃。恋人ができるのだって当たり前のことじゃない。

――いくら私が若様を想っていても、叶うことなんてあり得ない。

そう考えてしまえば、いきなり涙腺が緩んできた。しかし、ここで泣くわけにはいかない。

『若様、それでは私は失礼いたします。』

そそくさと立ち上がり顔を背けてその場を去った。その時、若様が私の手を握るなりして引き留めてほしいという思いは儚くも散った。


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