小指には赤い糸が結びつけられていて、その端は運命の人の小指にくくられていると、昔誰かに聞いたことがある
そんな話をふと思い出して愛しいあの人を見つめた
あの人の小指の赤い糸の先には誰がいるのだろうか
こんなことを考えるだなんて我ながら女々しい
自分の小指に視線をやって、右手で弄る
今はファーストの練習試合中
自分が出ていないとはいえ、試合観戦も立派な部活動の一貫だ
集中しなくちゃならないのに、どうにも小指が気になって仕方がない
そうこうしているうちにホイッスルが鳴り響き、ハーフタイムに入った
何故か勝手に気まずく感じて南沢さんの顔を直視できずにいる
落ち着きもなくタオルを握りしめたりしていたらふと背中に重みを感じて後ろから首に腕をまわされた
顔は見えないけれどこの人の匂いを自分が間違える訳がない、つまり、そういうことだ
「…南沢さん、お疲れ様です」
「へぇ、声も聞いてないのに誰か分かるんだ」
関心だな、といつもの調子で言われて恥ずかしくなる
目の前にある長い腕、その先にある小指が目に入って自分の小指と並べる
こんなに近くにあるけど繋がっていないのだろうか
「お前さ」
「な、なんですか」
「試合中ぐらい俺のこと見とけよ」
「俺はボールを見てます」
「嘘つけ、ボール見るどころか指遊びしてたじゃねえか」
バレていたのか
別に俺自身は指で遊んでいたつもりではないし、他でもない南沢さんのことを考えていたが実際のところ試合中に姿を目に写していないので上手くこたえられず言葉につまる
すると後ろから手を捕まれた
「お前そんなに手癖悪かったか?」
「ほ、ほっといてくださいよ」
どうも手から伝わる体温が生々しくて意識してしまう
おかげでぶっきらぼうに応えてしまった
「なに、お前照れてんの?」
後ろから顔を覗き込まれてとっさに顔を反らす
なんだか逃げ場がなくなった、ハーフタイムはまだ終わりそうにない
「…、笑わずに聞いてくださいね」
ちらりと南沢さんを見ると既に半笑いであったが、見逃すとする
「南沢さんは、赤い糸とか、信じますか」
そう言うと南沢さんは案の定吹き出した
「笑わないでって言ったのに!」
「わ、悪い、でも、いよいよお前が女子みたいだと思って」
そんなことは自分でも分かっているのだ
だけど俺は構わず笑う南沢さんをじとりと見れば、南沢さんはこほんと咳払いをひとつ
「、…お前そんなこと気にしてんのか」
「…気にしてちゃ悪いですか」
「悪いというより…」
南沢さんはまた笑い出しそうになっていて身体ごと背けようとすれば、ストップストップ、と言われて肩を捕まれた
「悪かったって」
「いいんですよ、僕がおかしいのは分かってます」
少し拗ねた様な口ぶりになってしまってつくづくどこまでも女々しいやつだなあと自分のことが嫌いになる
「…て、ことはなんだ、もしかして俺のことも考えてくれてたとか?」
他でもないあなたのことを考えていたんです、と心の中で大きく叫んだ
だけど素直になれなくて、ぐっ、と言葉に詰まる
「…で、なに考えてたんだよ、もうすぐハーフタイムも終わるから言ってみろ」
肩をに腕を回されて距離が一気に縮まる
南沢さんのこういう時々強引なところが最初は苦手だったが、今となっては嫌いじゃない
むしろ引っ張られる様な感じが自分に合っているのか丁度よくて心地よかった
「…その、南沢さんと、俺は、繋がって、ないんだろうなあって…」
俺がそう言えばほんの一秒にも満たないが、とても長く感じる変な空気が漂った
南沢さんはまるで鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をしていた
だめだ、この空気、なんとなく、早く変えないと
「っ、というよりも南沢さんも、試合中俺の指遊びしてるとこ見てずに試合にだけ集中してくださいよ」
「そしたら七ちゃんが妬くかと思って」
「妬きませんよ、茶化さないでボールだけ追って下さい!」
「…、お前なあ、例えば好きな子が自分の試合見に来てたら意識するだろ?」
ざわりと胸がざわつく
そんなこと、言われたら勝てっこないじゃないか
その子と南沢さんが結ばれてるのかな、なんて思ってしまう
俺は思わず冷たくなった手で南沢さんの腕をぐっと握り、南沢さんの顔を見た
「…誰か見に来てるんですか?」
すると一瞬、またきょとんとした顔をしてから、いつものように余裕の笑みを浮かべ、俺の額を人差し指で強く押された
「馬鹿だろお前、」
言いかけたところで集合の指示が入る
南沢さんはすくりと立ち上がってタオルを頭に乗せられてその上からわしゃわしゃと撫でられた
「…、さっきの話だけどな、まあ男同士だし繋がってないかもな」
その言葉がずしりと心に落ちて、穴が空いてしまいそうだった
否定されることを期待していたわけではない
なのに、南沢さんの一言で一気に現実味が増して、いつか別れてしまう時を頭の中で想像してしまう
すると南沢さんの手が俺の手を掴んで指と指を絡ませた
「まあでも、俺は離すつもりないし、お前も離さなかったらそれでいいんだよ」
この人はこういうことを綺麗に言ってみせる
俺は未だに慣れなかった
多分これからも、慣れることはない
繋がれた手と手が凄く、いとおしかったけれど、呼び出しがかかって離された
持っていたタオルを頭に乗せられてその上からわしゃわしゃと撫でられる
タオルのせいで前が見えない
「あと、ちゃんと試合見とけよ、七助」
そう耳元で囁かれたついでに頬に軽くキスをして去っていく南沢さんの後ろ姿は太陽のせいもあってか眩しく光って見える
俺は胸が締め付けられる様にいたくなった