雨宿り、
ふたり








 新宿、歌舞伎町自治区。その日一緒に歌舞伎町内を回っていたキセルとイエヤスの姿は、今は古びた町家の軒下にあった。目の前では大粒の雨が叩きつけるように降り注ぎ、数歩先の景色さえ霧のように白く霞むほどだ。花曇りだったのは事実だが、まさかこんな土砂降りに見舞われるとは。
「悪いな、イエヤス。流石に傘一本じゃ濡れちまった……」
「いや、気にしないでくれ。空の機嫌では仕方がない」
 たまたまキセルが持っていた傘では到底凌げるものではない。びしょ濡れになった傘を振って雫を落とし、後ろにもたれるようにしてキセルはひとつため息をつく。どうやら空き家らしく、彼が背を預けた格子にはところどころ湿気た蜘蛛の巣が張り付いている。
「せめて雨足が弱まるといいんだが。帰りの時間は大丈夫かい?」
「……あぁ。今日は遅くまで居ても、大丈夫だから……」
 呟くようにそう返して、イエヤスは濡れた羽織の裾を弱々しく掴む。
 ──本当はあまり遅くに帰るのは喜ばしくない。将軍をはじめ幕府の人達に心配をかけてしまうし、将軍の貴銃士という立場ゆえに、桜國城まで一人で帰る夜道が安全だとは言いきれない。けれど、帰ったらすぐにまた政務の話だ何だと新しい仕事が湧いて出てくる。いつも山のようにある仕事を殆ど片付けてからキセルと会うようにしているのに、だ。
 だからこそ、そんな慌ただしい時間は後回しにして、キセルと"レジスタンス時代の仲間"として居られる穏やかな時間がもう少しだけ欲しい、といつも思う。
 お互いの仕事のことは詳しく知っている訳ではないが、キセルも忙しい中時間を作って自分と会ってくれている。たまたま予定が合わず、会わなくなって、次第に疎遠になって──そんな悪い想像も、脳裏を過ぎる。それは嫌だ。初めはこっそり顔を出すくらいのものだったそれが、いつの間にか忙しい日々の中でふと息をできるような、かけがえのない時間になっていたから。
(そんなことを言ったら、きっとキセルを困らせてしまうな)
 かつてはレジスタンスの仲間でも、今は幕府の要人と任侠の者。本来なら会うこと自体許されないのかもしれない。二人で茶屋を回るのも、昔話に花を咲かせるのも、こうして並んで雨宿りをすることも。
(……それでも)
「……シャスポーがいたら困ってしまうような天気だな」
「はは! 確かに、あいつは湿気がダメだったしなぁ。そうだ、そういえば……」
 今だけは、この雨が降り止まないで、ふたりここに閉じ込められたままで、居させて欲しい。
(帰りたくない口実が、できてよかったと思うんだ)
 叩きつける雨音。その中のキセルの声を聞き逃さないように、イエヤスは少しだけ、肩を寄せた。

back





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -