初夏の
駄菓子屋と
三人







 本日の最高気温は27度。ソメイヨシノも葉桜に変わり、吹く風はすっかり初夏の香りを運んでくる。傾きつつある陽の下を、肩を並べて歩く三人組。イエヤスとヒデタダとユキムラである。
「なあ、いいだろー? あっついんだしさ、アイスの一つくらい」
「なりませぬ! 今月の家計は、そなたのせいで! もう火の車だと言ったでしょう!」
「えーっ、ヒデタダのケチ!」
 いつも学校帰りにお菓子を買い込んでくるユキムラのせいで、確かに最近のヒデタダは家計簿を見て頭を抱えている。唇を尖らせてヒデタダからふいと視線を逸らしたユキムラは、二人のやりとりを微笑ましく聞いていたイエヤスに目を止めた。
「なあ、イエヤスもそう思うだろー? 百円くらいなんだしさー、暑い時にはアイスだよなー?」
「そうだなぁ。……じゃあ、俺が奢ってやろう。ヒデタダもそれでいいか?」
「お、大御所様!? ……今日だけですぞ!」
「やった! ありがとなーイエヤス!」
 ころころと一転上機嫌な笑顔になるユキムラと笑い合うイエヤス。やはりイエヤスは時折ユキムラに甘いのだ。

 ヒデタダの日々の節約のおかげで、ヒナワハイツからほど近い通りにある駄菓子屋が一番アイスが安いのは三人の間では周知の事実だ。赤い雨除けテントに古い木造の二階建てで、一階部分が店になっている。ガチャガチャが並ぶ店の入り口付近に昔懐かしい水色の冷凍ケースが置かれており、それが見えてくると、ユキムラは軽い足取りで駆け出す。「おばあちゃん、来たぜー!」と店の中に叫んで、ユキムラは早速冷凍ケースの中を覗き込んだ。
「何にしよっかなー! なー、ちょっと高いやつでもいいか?」
「ああ。白くまでもダッツでもなんでもいいぞ。ヒデタダも」
「わ、私もですかっ!? そ、そんな、大御所様にアイスを奢ってもらうなど……!!」
「ははは、アイスくらい奢らせてくれ。こう暑い日に食べるアイスはいいものだろう?」
「そ、それはそうですが……!」
「ヒデタダー、お前ガリガリくんでいいかー?」
「ほら、ユキムラなんて君の分まで選んでいるぞ」
「ユキムラッ!? ……わ、分かりました、それではお言葉に甘えて……」
 ヒデタダがユキムラと並んでアイスを選び始めたのを見ると、イエヤスは店内に足を踏み入れた。白熱電球がやわらかく照らす、古い建物特有の少し埃臭くて、どこか懐かしくなる匂い。ここの店主であるお婆さんは耳が遠いので客が来たことが分からないことも多い。その分ユキムラが来るたび店内にかける大きな声は聞こえやすくて助かるらしく、店奥のカウンターに座っていた彼女はすぐにイエヤスの姿を見ると「いらっしゃい」と柔和に微笑んだ。
「今日は何を買いに来たんだい?」
「アイスを買いに。今日は暑いですし」
「そうかい、そうかい。赤い子はお菓子好きだろう。おまけしてあげるから、ゆっくりお選び」
「良いんですか。いつもありがとう、お婆さん」
おっとりとした人のいい彼女は、いつもイエヤスたちがやってくるたびに好きな駄菓子をおまけしてくれる。ユキムラはそれでいつもミニドーナツを持っていく。貰ってばかりでは悪いので、イエヤスが酒の肴にいくつか棚に並んだ駄菓子を買うのが恒例だ。さくら大根は日本酒に合うし、スナック菓子はオールマイティ。フルーツ餅も意外といける。今夜のお供は何にしようか。
「イエヤスー、お前あずきバーでいいかー?」
「ユキムラッ! また大御所様の歯を欠けさせるつもりですか?!」
「はあ?! 今のあずきバーの悪口だろ! あずきバーに謝れよ!」
「はは、前に食べた時は欠ける寸前だったからな……。じゃあ、俺のは白くまのパフェで頼む」
「あっ! 一番高いやつじゃねーか! ずりーぞ俺スーパーカップなのに!」
「そなたが選んだんでしょう!」
 賑やかな二人を横目にイエヤスは駄菓子を手に取る。ミニ大福にヨーグルト、チョコレートにポテトチップス、色んな種類のものをピンク色の小さなカゴに入れていく。ユキムラが店内に入ってくると真っ先にミニドーナツを手に取って「これも!」とカゴに入れたので、やっぱりなとイエヤスは笑みをこぼした。
「ユキムラ、ジュースもどうだ? 今夜は駄菓子で一杯やろうと思ったんだが」
「お! じゃあオレンジジュース!」
 イエヤスの言葉に弾かれたようにユキムラはすぐ後ろにあった棚から粉ジュースの素を一つ手に取った。イエヤスとヒデタダの晩酌には、つまみ目当てでユキムラもよく参加する。ユキムラはまだ未成年なので、酒の代わりに粉ジュースというわけだ。
 三人分のアイスを持って店内に入ってきたヒデタダは、いつの間にかイエヤスの持つカゴが駄菓子で一杯になっているのに目を丸くした。だがその中に粉ジュースの素が入っているのを見ると、すぐに今夜の予定を把握する。
「今夜は随分豪勢ですな」
「ははっ、駄菓子パーティーだな! じゃー早く帰んねーと!」
「夕飯を食べてからですよ。今から早く帰っても意味がないでしょう」
「あ、そっかぁ。でも楽しみだなー!」
「ふふ、そうだな。アイスが溶けないうちに帰ろうか」
 ヒデタダからアイスを受け取ったイエヤスが、どっさりと駄菓子の入ったカゴを店主のお婆さんに差し出す。「たくさん買ってくれてありがとねぇ」とふにゃりと笑い、慣れた手つきで会計を済ませていく。そんな中ふと彼女は「いつも三人で来てくれて、本当に仲がいいのねぇ」と呟いた。
「俺たちがっ? ……そうかなぁ?」
「いつも共にいるのは確かですが……」
 ここで首を傾げてしまうヒデタダとユキムラに、財布の小銭を探していたイエヤスは思わずくすくす笑い出してしまう。不思議そうな目でこちらを見てくる二人に、「ずっと一緒に住んでる時点で、十分仲はいいんじゃないか」と答えた。
「あらあら。仲がいいって分からないくらい仲がいいなんて、羨ましいわぁ」
「ふふ。もう兄弟……家族のようなものですから」
 お婆さんとイエヤスがそう笑い合うのを聞いたヒデタダとユキムラは、恥ずかしげに頬をかいたり、そわそわと視線をさ迷わせたり。普段特に意識していない分、他の人に仲がいいと言われるとなんだか少し照れくさい。
「……さて、帰ろうか。ヒデタダ、ユキムラ」
「お……おー! じゃーな、おばあちゃん!」
「またおいで」
 会計を済ませ、お婆さんに軽く挨拶をした彼らは駄菓子屋を出る。まだ夕焼けになるには早い空の下、三人肩を並べて歩く姿は、きっと誰が見ても仲がいいと評すだろうに。それを言われるとなぜか「そんなことない」と言ってしまうヒデタダとユキムラがおかしくて微笑ましくて、いとおしい。頬の緩んだイエヤスの胸元には、三つのアイスと三人分の駄菓子が詰まった紙袋。
 それがきっと、今日の三人の、ささやかな仲良しの証。

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