春のユキムラ
とイエヤス







 淡い花の香りをしたあたたかい風が、白いレースのカーテンをやさしく揺らしている。差し込む春の陽気は穏やかで、カバーをさくら色に変えたクッションからは陽だまりの匂いがする。この201号室もすっかり春に染まってきた。
 そんな部屋の中、カーペットの上で猫のように丸まって昼寝をしているのはユキムラだ。今日は午前中だけ部活に行っていたのだったか、疲れてしまったようで、すっかり眠り込んでしまっている。
「……こんなところでは、風邪を引くぞ?」
「んん……」
 ユキムラのそばにしゃがみこんで、そう言うのは同居人のイエヤス。声を掛けたくらいでは身動ぎをするだけだ。
「お昼は食べたのか?」
「食ってねー……」
「ああ、やはり。俺も今から作って食べるつもりだったんだが、炒飯と焼きそば、どっちがいいだろうか」
「……両方……」
「はは、きみは大食らいだな。あいわかった。少し待っていてくれ」
 そう返事こそしたのだが、イエヤスが立ち上がる気配はない。眠くて朧気な意識の中、何をしているのかとユキムラが目を開こうとして──ふに、と頬を突かれる感触。
「……なにすんだよ……」
「いや、なんだか柔らかそうだなぁと……。普段こんなことさせてくれないだろう?」
「ん゛ん……」
 確かに普段されたら勢いよく「何してんだ!」と叫びながら距離を取りそうなことだが、今はそれよりとても眠い。やわらかい、と楽しそうに声を弾ませて変わらず頬をぷにぷに突いてくるイエヤスには好きにさせておくことにした。
「あとでタオルケットでも持ってこようか。布団よりこちらのほうが良いだろう?」
「……ん……」
 こくりと小さく縦に頷いて、頬を突くのにも満足したのかようやく立ち上がろうとしたイエヤスの服の裾をやわく掴んだ。首を傾げるイエヤスに、ユキムラは悪戯っぽく笑う。
「……あとでおまえも、一緒に昼寝しよーぜ」
「ふふ。ここは気持ちよさそうだからなぁ」
 イエヤスは優しく微笑むと、立ち上がってキッチンの方へ向かっていく。彼のいたところには、ほのかに甘い花の香りが残る。彼が普段使っている香水か何かだろうか、いつもイエヤスはいい匂いがする。花の香りが春の匂いなら、イエヤスはまるで春そのものみたいだ。
 そんなことをぼんやりと考えながら、遠くで聞こえ始めた包丁の小気味いい音とともに、ユキムラは再びまどろみの中に沈んでいった。


 夕方になって帰宅したヒデタダは、窓際でふたりタオルケットをかけて眠っているイエヤスとユキムラの姿を発見した。まったく、と呆れたような台詞を呟きながらも、その表情は穏やかに微笑んでいた。

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