prologue





「イエヤスーッ! 今日も勝負しろッ!」
  レジスタンス基地の宿舎の一室に、よく通る元気な声がこだまする。
 ベッドに座りのんびりと茶を飲んでいたイエヤスは、隣のヒデタダが呆れたように耳を塞いでいるのにも関わらず、いつもと変わらない柔和な微笑みで声の主を迎えた。
「はは、いいぞ。今日は一体何だ?」
「将棋だっ! 今日こそ勝ってやるっ! そこに座れっ!」
 声の主──ユキムラは将棋盤を部屋の中央に置き、座布団を二枚、向き合うように配置する。イエヤスは湯呑みに残った茶を飲み干すと、ヒデタダに片付けを頼んで座布団に正座した。ユキムラもその向かいに座り、将棋盤の上に駒を並べ始める。
「さて、今日もお手並み拝見だな」
「む……、あんまり余裕ぶってたら負かすからな!」
「ははは」
 朗らかなイエヤスの笑い声を背に、湯呑みの片付けを任されたヒデタダは一度部屋を出る。少し部屋が遠のくと、──ヒデタダもまた、笑みがこぼれた。
「なんだか、ずいぶんと平和なやりとりになりましたな……」
 近頃のヒデタダは心穏やかに日々を過ごしている。ユキムラがイエヤスの命を狙ってこなくなったからだ。

『世界帝との戦いが終わったら決着をつける』。
 そんな約束をイエヤスと交わしてから、ユキムラはとても丸くなった。以前からイエヤスや自分が何かしてやれば、敵視している割には素直に感謝したり喜んだりはしていたが、その後で「違う違う!!」と絆されるのを自ら止めていることがあった。それがなくなり、どことなくユキムラの方から話し掛けられることも増えた。昨日なんてサカイ達と怪談話をしたらしく「怖くて眠れないから一緒に寝て欲しい」などと頼まれて、イエヤスが同じ布団で眠っていたくらいだ。
 ユキムラはイエヤスやヒデタダより見た目も中身も少し幼い。そのぶんまるで弟のように甘えられている。
  ──それはさておき、イエヤスに勝負をしかけに行く癖はやはり治らないらしい。だがそれも将棋や囲碁、薪割り競争など、以前に比べればとても平和な勝負ばかりだ。
 決着をつけるのは世界帝を倒してから。それならイエヤスにわざわざ平和な勝負を挑みに行く意味も、一緒にヒデタダに構ってもらいに来る理由もないだろうに、ユキムラは毎日イエヤスとヒデタダのもとへやってくる。そこに理由があるとすれば、きっと答えはただひとつ。おそらくユキムラ本人も気づいてはいないのだろう。
 そんなユキムラのことを考えながら片付けを済ませ、ヒデタダはどこかくすぐったい気持ちで部屋に戻った。
ユキムラが項垂れている。将棋の譜面は既にイエヤスがかなり優位な状況。……いつも通りの展開であった。

第一章

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