健康第一




今日はセルティが仕事で出掛けてしまった。
相思相愛の僕らを引き離すなんて愛別離苦にどうして耐えられようかと言ったら、セルティには大袈裟だと言われてしまった。
そんなわけで、私には仕事もないので、一人でコーヒーを飲みながらのんびりしているところなのである。

ピンポーン

セルティは知らない人だったらドアを開けるな、と言っていたけれど、誰だろう。

ドアスコープから覗いて見ると、壁に寄りかかるようにして待つ旧友の姿があった。
顔色が悪い。怪我でもしているのだろうか。それにしては血を流している様子もないのだけれど。

「やぁ」
「どうしたんだい、怪我でも?」
「いや、ちょっと見てほしいものがあってね」

セルティがいなくて良かった。臨也の持ち込む用事で玄関先の立ち話で済むような単純なものなどない。セルティは臨也がこの家にいることを好まないから。

「とりあえず入って」
「助かるよ」

家に入ってくる足取りにふらつきが見られる。
何があったのか問いたださなければ。

リビングのソファーに落ち着くと臨也は早速話し始めようとした。

「で、見てもらいたいものっていうのはさ」
「ちょっと待って」
「何かな」
「依頼がなんであれ、何があってそんなにフラフラなのか聞かせてもらえなければ話は聞けない」

臨也は途端に面倒そうな顔をしたが、諦めたのか一つ溜め息をついて話し出した。

「仕事でね、依頼を受けたんだよ、潜入調査のね」


話をまとめると、依頼されたのは怪しい粉や錠剤をやり取りしているという組織への潜入調査。依頼主は実態を掴んでから制裁を加えたい考えらしい。臨也は当然、新参者として潜入しなければならなかった。裏切らないのだと信じ込ませなければ証拠品は掴めない。そのために三日三晩半ば拷問のような儀式を受けさせられたという。組織への忠誠心を見せる儀式らしい。


「銃や刃物を取り出されなくて助かったよ」

臨也は笑いながらそんなことを言う。

「笑い事じゃないよ、全く。なんで君が自分で行ったのさ、まさに孤立無援じゃないか。適材適所。他に使える人材なんていくらでも持ってるだろう」
「そう。適材適所さ。俺程上手くやれる奴なんていない。それにさ」

臨也の口元が三日月形に歪む。
笑みと言うには余りに歪んだ形

「自分でやった方が面白いじゃないか」
「それでそんなに満身創痍で帰ってきたって言うのかい?」
「満身創痍なんて大袈裟な。ちょっと疲れが溜まって風邪を引きかけてるだけさ」

嘘ばっかり。風邪の引きかけでそんな顔色になるものか。

「とりあえず、戦利品、見てよ」

コートのポケットから現れたのはいくつものビニールの小袋。中身は粉だったり錠剤だったり。

「中身の成分を調べて欲しい。矢霧の方に依頼しても良かったんだけどさ、まぁ手近だったから。頼むよ」
「多分わかると思うけど…今から調べた方が?」
「うん。よろしく。謝礼はまた改めて送るよ。待ちついでにコーヒーもらっていい?」
「え?いいよ。ちょっと待ってて」

立ち上がってキッチンに向かおうとすれば、自分でやるからとりあえず早く調べてくれと言われた。
臨也の体調も不安なので食い下がってみるも、聞く様子がないので、諦めて調査に必要な器具をとりに立った。

試薬はまだあったかな。後は漏斗と…

ドンッ、と大きな音。

「臨也っ!?」

キッチンに飛び込むと臨也が倒れている。
薬缶の乗ったコンロの火を止めて、臨也の様子を見る。
意識はないが、脈にも呼吸にも異常はない。
過労だろう。

「だから、無理はいけないって…」

言ってないか…。


正体無くした成人男性の身体がどれだけ重いか知ってるのかな、君は。
君が無茶して困るのは君じゃないんだから…

あんまり心配かけるんじゃないよ。

下から担ぎ上げると、思ったよりも軽い身体。きちんと食事も摂っていないのではないだろうか。

とりあえず、ではあるけれど、ソファーに寝かせ、毛布をかけてやる。
薄い瞼に長い睫毛。綺麗だなんて思っている場合じゃないのに。

目が覚めて、仕事が終わっていなかったら渋い顔をするのだろうか。
臨也の頭を一つ撫でて、持ち込まれた仕事に向かった。


三時間程経った頃。
私は仕事を終えて、キッチンに立っていた。
栄養のあるものを食べて元気つけてもらわないとね。

湯気の立つ料理をお盆にのせてリビングに向かうと臨也は目を覚まし、ソファーに腰掛けていた。

「起きたの?」
「何時間くらい寝てたのかな」
「三時間くらい、かな。」

まだ昼過ぎだよ、と伝えると、ホッとしたようで再び横になり、細い手足をソファーに沈みこませた。

「とりあえず、あるもので作ったから食べて」
「食べたくない」
「しっかり食べて力つけなきゃ、少しずつでいいから」

目を伏せて首を振り、駄々をこねる姿は精一杯の甘えだろうか。
甘えさせてやりたいんだけどね…

「駄目、食べなさい。健康第一だよ」

このまま待っていても手をつけてはくれないだろうから。
箸で摘まんだ料理を口元まで運んでやる。

「ほら」

唇に当たる感覚に目を開け、私と口元を見比べてからやっと口を開く。

「…美味しい」

結局自分で箸を持つ気はないらしい。
口まで運んでやれば口を開くので、せっせと料理を摘まんでは運ぶ。

気付けば、用意した食事はすっかり食べ尽くされた。
お腹は空いていたのかもしれない。

「全部食べられたじゃないか。具合はどう?」
「大丈夫。今日はこの仕事を片付けたら、帰ってゆっくりするよ」
「3日くらいはゆっくりしてもらいたいけどね」

基本的には在宅業務だから大丈夫だと言うけれど、その割によく池袋を訪れては喧嘩している気がする。
そう言うと、

「そりゃ、資料の受け渡しとかもあるしね。でも、喧嘩はシズちゃんのせいだよ。向こうがいきなり標識引っこ抜くから」

だそうだ。そんな静雄を言葉で焚き付けてるのも事実だろうに。

臨也がまとめてあった調査結果を持って立ち上がる。

「もう、行くのかい」
「クライアントがこの調査結果をお待ちかねだからね」

私にも急がせた仕事だ。早めに片付けたいのだろう。

「お願いだから、無理はしないで」
「無茶できるのは若者の特権だろう」
「何事も身体が資本じゃないか」
「俺そんなに柔じゃないし」

本当に、ああ言えばこう言う…
心配するこっちの身になりなよ。僕らの世界は、それこそ命だって保障されていないんだから。

思わず、臨也の薄い身体を抱きしめる。

「頼むよ。普通の世界で、平穏無事に生きろなんて言わないから」
「ちょっと。俺はセルティじゃないってば」

臨也は僕を軽く押し返しながら言った。
そんな臨也を腕の内から解放して、笑顔を作って言う。
どうせ、何を言っても自分のやりたいようにしか動かないんだろうから。せめて、いざという時の拠り所でいられるように。その気持ちを精一杯の笑顔で。

「またその内、鍋パーティーでもしよう」

臨也は何も言わず、後ろを向くと、やってきた時よりは幾分しっかりした足取りで歩き始めた。そして、そのまま振り向くことなく、玄関を出ていった。
けれど、出ていったドアが閉まりゆく軋んだ音に混じって、確かに聞こえたんだ。

ありがとう

の一言が。




面倒をみている描写が少なくなってしまった気が…
現代設定で書き始めたのでそのまま書き切りましたが、来神設定も美味しいのでまた書きたいです。

素敵なリクエストありがとうございました!

リテイクはいつでも受け付けております。


20110318


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