いよいよコンクールの結果発表の日。
結果がどうであっても一緒に食事に行こうと約束していたので、俺は、時間を見計らってシズちゃんのアトリエを訪ねた。

チャイムを鳴らしても返事がない。
居ないのかとドアに手を掛けてみると鍵はかかっていなかった。

「無用心だなぁ」

ドアを開けると開け放たれたリビングへのドアの向こうから強い酒と煙草の匂いがした。

「シズちゃん…?」

靴を脱いで部屋に上がる。
アトリエを兼ねたリビングに入るとシズちゃんが生気のない眼で俺を見上げた。

「2時間位前に電話がかかってきたんだ」
「うん」
「どこの大学かって聞かれた。応募用紙に書き忘れたのかって」

俺はシズちゃんの言葉を止めないように気をつけて相槌を打つ。

「だから、行ってない、独学だと」

その後、またかけ直すと言われ、電話は切られたという。
その30分後、再び電話がかかってきた。

「学歴及び高校の内申書を拝見した結果、今回は審査の対象から外させて頂きました、だと」

シズちゃんの目に怒りが宿った。
手近にあったキャンバスに拳が降りおろされた。

「何の関係があんだよ!!受賞作が美術館特設展示になるからなんだよ!!俺は他人に見られて困るような名前背負って生きてるって言うのかよ!?」

俺は咄嗟に何も言えなかった。
シズちゃんの名前はこのあたりではしっかり通っているし、その作品を認めることが出来ないようなプライドを持った団体が主催したコンクールだったことも確かだったから。

キャンバスがただの木片と布切れに変わっていく。

「誰も文句言えない作品描いてよ!」

シズちゃんが自分の心もボロボロになりながら物を破壊していくのを見ていられなくて、叫んだ。

「学歴がなんだろうと、過去の素行がどうだろうと、誰にも文句言えない、そんな大作描いてよ」

シズちゃんが顔を上げ、俺を見つめた。
その目が俺の言ったことを真剣に理解しようとしていた。

「俺で良ければ、何度だって、いつまでだって…」

俺はその先の台詞を言い終えることが出来なかった。
シズちゃんの顔が目の前に迫って、びっくりして下がる前に唇が重なった。

一瞬だった。

シズちゃんの煙草の匂いがふわっと香って、温かい柔らかな膨らみが押し付けられた。

キス…されたんだよね。今。
どういうこと…?

「悪ぃ、ちょっと頭冷やしてくる。」

事態を飲み込めずにいるとシズちゃんは一言そう言って、家を出ていってしまった。


20110205
 


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