高校の卒業アルバムを引っ張り出して見つけた住所はアパートの一室らしかった。

訪ねたそのアパートは二階建ての10戸ほどの規模のものだった。
一階の奥部屋のチャイムを鳴らすと待っていたのだろうかすぐにドアが開いた。

「おはよう」
「おぅ」

シズちゃんはこの間会ったときのような服──バーテン服ではなく、Tシャツに綿パンというラフなスタイルだった。
アパートも広くはないがしっかりした作りで、昨日の服も決して安っぽくはなく、本当に昼食に100円しかかけられないような状況なんだろうか。

「まぁとりあえず上がれ」
「お邪魔します」

玄関を入るとそこはそのままキッチンにつながっていて、ドアを一枚挟んだ向こう側がアトリエ兼生活空間という構造のようだった。

「この部屋はさ、」
「ん?」
「弟が借りてくれてんだ。なかなかだろ?」

そういうことか、と思った。

「うん。広すぎないし、シズちゃんには扱いやすい感じ」
「あいつには迷惑かけっぱなしだからな。早く成功して恩返ししたいんだ」

言いながら開け放たれたアトリエの中は、すごかった、としか言いようがない。
絵の具が散乱し、沢山のキャンバスが溢れていて、雑然とした部屋の隅にベッドが肩身が狭そうに置いてある。
そんな部屋だった。

「散らかってて悪いな。これでも少し片付けたんだが」

これでも!?

「別に、大丈夫。早速今日から描くの?」
「今日は軽く、デッサンだけ、な」

感想を押し殺して返した返答の硬さには気づかれなかったらしい。
コートを脱ぐように言われ、脱いだコートをベッドの上に置かせて貰うとすぐに、窓際に座るように言われた。

「こんな格好でいいの?すっごい普段着だけど」
「いや、それでいい。つかそれが自然でいい」

いいのか。
座れって言われても窓際には椅子も何もないし…
戸惑っていると、座れって、と催促された。
どうやら床に座れという意味らしい。

「ぽ、ポーズは」
「好きでいい、適当に」

適当、って一番難しいんだよ!
悩んだ末に、俺は窓に肩を寄りかからせて、反対側の膝を曲げた姿勢で座ることにした。

「視線、窓の外で」
「ん」

その後しばらく、シズちゃんがコンテを持った手を動かす音だけが部屋に響いていた。
そろそろ姿勢をキープするのが辛くなってきた頃。

「よし、終了。お疲れさん」
「はぁ。肩凝った〜」

立ち上がって伸びを一つ。

「できたの見せてよ」

キッチンで二つのグラスに水を注いでいるシズちゃんに声を掛けると、勝手にみていいぞ、とのこと。
興味半分、不安半分で、シズちゃんのスケッチブックをめくる



「うわぁ」

どうしよう。綺麗としか言えない。
俺のボキャブラリーってこんなに貧弱だったっけ。
あんな喧嘩っ早かった、力強い手からこんなに繊細で緻密な線が描き出されるなんて。
温かみのある、シズちゃんの絵を俺は好きになった。

グラスの一つを俺に渡しながら、次はいつ来られる、と問われた。
仕事のスケジュールが過密で2週間後と答えざるを得ない自分がもどかしかった。
早く、早く描いて欲しい。
こんな風になりたい、と思うほど、絵の中の自分は魅力的だった。


20110106(20110203加筆訂正)
 


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