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とある日曜日
エントランスや子ども用のスペースもあって、ここは図書館にしては賑やかな場所だった。そういう所で、二人肩を並べて参考書をのぞき込んでいると、思い出すのは昨年のこと。
名字の成績を見かねて、いつも俺が勉強を教えていたんだよな。彼女は多少人見知りではあるが、もともと気立てのよい子なので、俺の解説をよく聞きしっかりと身につけていた。それが俺には心地よくて。
「花形さん」
考え事をしていた俺は名字の声ですぐに意識を戻し、そっと眼鏡をかけ直した。
「花形さん……これ、は」
「ああ、この問題は応用だから……」
分からなかった問題を理解するたびにニコニコと微笑む名字が可愛くて、ここが公共の場ということも忘れてうっかり腕の中に閉じ込めてしまいそうだ。
「最近はちゃんと真面目に授業受けてるんだな」
「わ、わかりますか?」
「わかるよ。基本がちゃんとしてるし」
「・・・ふふ」
恋すると人は変わるなんてどこかで聞いたことあるが、それは本当らしい。
褒められてまた笑顔を見せる名字。自分の彼女が愛おしすぎてどうしようと思うくらいには、俺も普通の男なんだと再確認した。それだけ、彼女のことを好いていた。
「ここらで休憩するか?」
「そうですね」
気分転換に、図書館の裏手にある大きな公園へ足を向けた俺たち。そこにあったベンチに腰掛けると、名字が手にしていた紙袋から弁当箱をふたつ取り出した。
「あの、花形さん、食べてくれますか?」
「当たり前だろ。ありがとな」
そう言って彼女の頭に手を伸ばす。ああ、この感じ。しっくりくる。大人しく撫でられている名字も、満更でもなさそうだ。
「なんか・・・花形さんと一緒にお昼食べるの、すごく懐かしいです」
「うん。俺も思った」
「最近は、と、友達と食べたりしてて・・・それも楽しいけど・・・時々、花形さんと健司くんが恋しくなります」
「時々なのか?」
「・・・時々、です」
照れた顔で近況を報告する名字に、俺は頬をゆるめながら、相槌を打った。広げた弁当の中身はとても色鮮やかで、今日のために練習してくれたのだろうかと勝手な想像を広げる。
そういや、彼女は料理が苦手だったはずなのに。
「ん、美味いよ」
「ほんとですかっ」
「嘘なんてつかないさ」
「よかった・・・!」
彼女と過ごす日曜の午後はとても穏やかで、自分がどこまでも癒されているのが分かった。