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卒業
「で、気付いたら卒業・・・てか?」
「あっという間だったな」
滞りなく行われた俺たちの翔陽高校卒業式は、まあどの学校もそうだろうけど、こんなものかと思うほどあっさりしていて。
これでもう部活の奴らとも会うことが減るんだと思うと寂しいようなでもまだ実感が湧かないようなフワフワとした心境だった。
「そんなことより・・・アレ、いいのかよ」
大勢の生徒が校庭で雑談したり、別れを惜しんだりしている中。藤真がアレと指差したのは、名字のうしろ姿だった。
そして彼女の向かいにいる人物に気が付いた俺は、藤真に何も言わず足を進めた。
「ぅ、わっ・・・!」
雑談していた名字を背後から抱きすくめると、急なことに驚いたのか腕の中で小さく悲鳴をあげた。見上げた彼女は、犯人が俺だと分かると途端にその表情を緩めて笑い、「花形さん」と俺の名を呟いた。
たったそれだけの事で心が温かくなった俺は、そう言えばと思い直して視線を名字から男子生徒に移した。例の、彼女に気がある1年生だ。
俺と目が合うと「へえ、そういうこと」と言って意味ありげに微笑む。
「花形さんと名字が付き合ってるっていうの、体のいい断り文句だと思ってました」
「物分りが良くて助かる」
「えっ?」
腕の中で少し焦っている名字は、俺と彼を交互に見ては頭にハテナを浮かべている。
「名字が心変わりしないよう、せいぜい大事にした方がいいですよ」
「・・・そのつもりだ」
爽やかなだけかと思っていたら意外と強気な一面を知り、牽制のつもりで名字を抱く手を強めた。
男子生徒は、ふう、とひとつ溜息を吐き出す。
「お邪魔なようなので、俺は退散しますね」
「あっ・・・」
「そうだ、言い忘れてました。ご卒業おめでとうございます」
背を向けたソイツに伸ばそうとした名字の手を、そっと掴んだ。あまり褒められるものじゃないが、それが嫉妬からくる行動だという自覚は十分にあった。
「ああ、ありがとう。これからも・・・名字をよろしく」
嫌味を込めた言葉が自分の口から出たことに内心で驚く。本当、名字に関しては、いつも大人気なくなってしまうから困りものだと少し反省した。