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親ガモの心境
ようやく試験が終わり、晴れて受験勉強から解放されていた俺は久しぶりに放課後の体育館へ足を運んでいた。
別に先輩風を吹かそうだとか、そういうつもりでは無くて。ただちょっとだけ懐かしさに浸りたい、そんな気分だった。
「なんだ、お前らもいたのか」
「おう花形」
「みんな考えることは一緒だな」
体育館に入ってすぐ隣、壁に寄りかかって練習を眺めていたのは永野と高野だった。
活気のあるコートではキャプテンの伊藤が声を張り上げていて、名字もしっかりとサポートに徹している。
後輩たちのその様子に俺はつい口元が緩んだ。
(・・・ん?)
なんとなしに名字の方を見ていると、ふいに彼女と目が合った。そのままこちらに向かってくるようなので、何かあるのかと首を傾げる。
「花形さん・・・せ、先輩たちも!来てくださったんですね!」
にこにこと、入部当初じゃ考えられないような笑顔で駆け寄ってきた名字に、俺たちは揃いも揃って顔を綻ばせた。
「名字はもう、翔陽に欠かせないマネージャーだよなぁ」
彼女の頭に手を置きながらしみじみとそう呟いた高野に、永野も深く頷いた。
「ほ、褒めても何もでません、よっ」
「照れるなって」
「別に照れてなんか・・・」
「はは、可愛いやつ」
二人に髪を好き放題に撫でられている名字は、困ったようなそれでいてどこか嬉しそうな顔をして笑っていた。
「そろそろ行こうか」
あまり邪魔するのも悪いだろうと、その後すぐに引き上げようとした俺たちに、練習中の後輩たちが通りがかりに一礼していく。それに対して頑張れよという意味で片手を上げた。
そんな中、くい、と左手が掴まれて振り返ると何故か驚いた顔の名字がいた。
「どうした名字」
「あ・・・いや・・・なんでもない、です」
消え入りそうな声でそう言うと、深く頭を下げてから練習に戻って行った。何か言いたいことでもあったんだろうか。
「おい花形、何してんだ?」
彼女が触れた自分の左手をグッと握って、今度こそ体育館を後にした。