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風邪っぴき
「オハヨー、ゴザイマス」
「名字?」
「あ・・・花形、しゃん」
(・・・しゃん?)
まだ朝練が始まる前、体育館に現れた彼女はどこかトロンとした目で、ついでにその顔は少し赤いようにも見えた。
「名前、お前やっぱ熱あんだろ」
名字の後からやって来た藤真が、練習の準備をしようとする彼女の手を取ってやめさせた。
「・・・そうなのか?」
「おう、朝からフラフラしてんだぜ。休めっつってんのに聞かねーの。お前からもなんか言ってくれよ」
そう聞いて目の前の名字を見下ろした。息づかいも荒いようだし、熱があるのは間違いなさそうだ。真面目な彼女のことだからきっと無理をしてでも部活に出ようと思ってるんだろう。
大丈夫だとつぶやく名字の頭にぽんと手を乗せ、腰をかがめて視線を合わせた。朝早くのこの時間に開いているとは思えないが、とにかく保健室に行くぞと言い聞かせれば眉を下げて泣きそうな顔で俺のTシャツを握った。
「気持ちは分かるが、体調が悪いときくらい休め」
「・・・みんなの、めいわく」
「こんなに辛そうな状態でいる方がみんなを困らせるぞ。ほら、俺が連れていってやるから」
「う・・・」
涙目の彼女に気付いた周りの奴らがだんだんと俺たちの周りに集まっていて、皆一様に心配しているようだった。先に練習を始めといてくれと言った俺に分かったと頷いた藤真は、伊藤と共に号令をかけた。
「ごめん、なさい」
手を引かれながら申し訳なさそうに謝る彼女に、俺は出来るだけ優しい声で名前を呼ぶと、気にするなとそれだけ伝えてゆっくりと足を進めた。
「また様子見に来るから」
事情を説明して開けさせてもらった保健室のベッドに名字を寝かせ、顔にかかった前髪を指で払いのける。
潤んだ目で俺を見上げる姿に何故か鼓動が早くなっている気がした。
(・・・?)