( 58/80 )
彼女の一面
(あれは・・・名字か?)
日課のランニング中、通りかかった公園に見覚えのある後ろ姿を見つけて、気になった俺は彼女に近寄ってみた。
「よう。こんな時間に一人でどうした」
「・・・永野、さん?」
しゃがんだまま振り返った名字は俺の顔を見て一瞬驚いたものの、知り合いだとわかりすぐに元の表情に戻った。
辺りはすっかり暗くて、彼女が街灯の下にいなかったら多分見つけられなかったと思う。それにしても、こんな遅い時間に一人でいるとは感心しない。
よく見れば彼女はまだ学校の制服のようで、つまり部活が終わってからそれなりに時間が経つのにまだ家に帰っていないということだ。
ここは先輩としてひとつ言ってやらないと、と俺は妙に熱くなっていたけど、名字の手の中で何かが動いたのに気が付いてその白い塊に目を向けた。
「猫ちゃん、こんな時間にどうしたの?」
「ニャー」
「綺麗な毛並みだね」
「ニャー」
「首輪してるね・・・はやくお家に帰らないとダメだよ」
「ニャー」
「・・・名字も早く帰れよー」
俺がそう言うと猫はすぐにどこかへ逃げて行った。なんか寂しい気もしたけどそれより今は名字だ。猫相手だといつもの彼女に比べてよく喋っていたなとその頭に手を伸ばした。
「はい」と頷いて大人しく撫でられる名字がさっきの猫のようで、俺は思わず笑った。
「どうか、しましたか?」
「いんや」
「あの、じゃあ、帰りますね」
「おお気をつけてな」
「先輩も、無理しないで・・・くださいね」
去り際に名字が見せた笑顔が今までのそれより柔らかいものに思えて、花形や藤真が可愛がる理由がなんとなく分かるような気がした。
(そういや、二人で話したのは初めてか?)