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泳げないんです
「「なっ・・・!」」
「う・・・なん、ですか?」
夏休みも残すところあと一週間ほどになり、俺たちは祭りに引き続いて同じメンバーで海に来ていた。
特に高野と永野は楽しみにしていたようで、朝からはりきっていたのが分かった。
「なんで服着たままなの、名字」
「海に来たら水着だろ?」
「・・・う」
更衣室から出てきた名字を見てうるさい二人を放って、藤真や長谷川はさっさと海に入っていた。
それに続くはずだった俺はというと、腕を名字にがっちり掴まれて動こうにも出来なかった。
「・・・名字の勝手だろ?何をそんなに騒ぐんだ」
「だってよ花形、海だぜ?女の子には水着着て欲しくない?」
「わたし・・・泳ぎ、ません」
水着がどうこうよりも、俺は泳がないと言った彼女に少し驚いた。
同時に、だから誘ったときに行くのを渋ってたのかと納得する。
(・・・今日は藤真が無理やり連れてきたらしい)
「楽しみが一つ減った」と若干落ちこみつつ泳ぎに向かった二人を見送って、俺は借りてきたパラソルの下に腰かけた。
隣に立ったままオロオロしてた彼女の腕をとって隣に座らせる。
「あんまり日に当たると、熱中症になるぞ」
俺がそう言うと、こくりと頷いて着ていたパーカのフードを被っていた。
泳がないのかと聞いてきたので、「ひとりだと寂しいんだろ」とおどけて言ってみると、顔を背けられてしまった。
そのあと小さく「ありがとう、ございます」と聞こえて俺は笑った。
「実は、泳げない・・・んです」
「そうか」
幼い頃に藤真に遠泳に付き合わされて溺れたことがあるんだとか。
昔から藤真にひっついてアレコレやらされてたんだよな、とその光景を想像して俺は名字に少し同情した。
「練習してみるか?中に水着は着てるんだろ」
「う・・・あの、急だったから」
「ん?」
学校の・・・水着なんです。と半泣きで答える彼女に俺は一拍置いたあと、じゃあまた来年教えてやると約束した。