南くんのとなり | ナノ
プルシャンブルー
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豊玉の卒業式で私はやっと南君に想いを伝えた。ずっとずっと憧れだった南君も私のことを好いてくれていると知り、嬉しくて泣いてしまったのが先週のことだ。


水族館に行きたいと言いだしたのは私からだった。それならと向かったのは、大阪で一番有名な水族館だった。


「実はここに来るの初めてなの」
「へえ、意外やな。俺は・・・小学校以来か?」


まあ遠足でやけどな、と言って隣を歩く南君の腕と私の肩がちょっとだけ触れる。付き合う前よりも確実に近くなった距離感にドキドキと心臓がうるさかった。

生まれて初めてのデートに緊張している私とは違ってなんだか落ち着いた様子の南君は、薄暗い館内を見回して色んな水槽を眺めていた。


「なんや変な魚やな」


立ち止まった南君の横から水槽の中を覗く。中にいたのは結構大きな魚で、色は青。大きな唇とコブのように突き出たおでこが印象的だ。説明書きには「ナポレオンフィッシュ」と書いてある。

じぃ、とその魚を見ていると・・・失礼なんだけど、なんだかどこかで会ったことがあるような気がした。・・・この魚、誰かに似てる?


「・・・今思ったこと言ってええ?」
「・・・えっと、それ、分かるかも」


(岸本君に似てる・・・!)


むすっとした顔で唇を尖らせたような姿が、完全に記憶の中の彼と重なる。

二人して顔を見合わせて、次の瞬間にはどちらともなく ぷっ、と吹き出していた。笑っちゃいけないんだけどね。岸本君ゴメンね、と心の中で謝った。



「・・・っ、」


小さな魚から変わった魚や大きなものまで順に見ていたけれど、その途中から私は、たまに触れる南君の手にばかり意識を取られていた。

好きな人と手を繋ぎたいと考えるのは別に変なことじゃないと思う。周りにだって手を繋ぐカップルは沢山いた。繋ぎたいけど口にするのは恥ずかしいなぁ、だなんて悩んでるうちに、南君と少し離れてしまう。

慌てて隣に駆け寄って、「よし」と意気込む私。次に手が触れたら私から繋いじゃおう。自分の中でそう決めて、歩くたびに少し揺れる南君の手に集中した。

あ、いま、触れた・・・


「名前、アレ見てみ、厳ついのおるわ」
「っ、え!?あ、ど、どれ・・・?」


勝手に繋いでしまおうと伸ばした手は見事に空振り、南君が指差す方へ焦りながら顔を向けると、そこは凶悪な顔をしたサメが悠々と泳ぐ水槽だった。失敗を変に悟られないように、「こ、怖いね!」と笑いながらなんとか誤魔化した。そんな私をとくに疑う様子もなく、南君はもっと良く見ようとその水槽に近寄った。私も横について行ってガラスに手をつく。

高鳴る自分の鼓動を落ち着かせながら水槽を覗きこんでいると突然、視界の端から目の前に ぐわっと大きなサメが現れた。


(ひぃっ、!!)

「!・・・大丈夫か、名前?」
「み、南君」


びく!と驚いた私は本当に無意識のうちに南君の腕を掴んでいた。というより半分抱きついたような体勢になっていて、それに気付いた瞬間大慌てで離れる。

私のその慌てようを笑って宥めてくれた南君は、「行こか」と自然に手を繋いで歩き出した。図らずも包まれた手の暖かさに惚けながら、ここが薄暗くて良かったと一人頬を染めた。






水族館を出てからは、近くの海辺にある公園を散歩していた。夕暮れのなか、人もまばらでいい感じの所だ。ただ、カップルにとって"いかにも"なこの状況に、心臓が落ち着く暇もない。


「・・・疲れたんか?」


しばらく黙ったままの私をそっと覗きこむように心配してくれる南君に、小さく首を振る。


「ううん。なんか・・・その、」
「?」
「ちょっと、ドキドキしすぎて」
「・・・今日はずっとそんな感じやな」


ククク、とわずかに肩を揺らしながら、南君は楽しそうに笑っていた。私がずっと緊張していたことはとっくにバレてたみたいで。なんだか悔しくなって、つい口を尖らす。


「南君は余裕そうだよね」
「いやまあ、会えるだけで嬉しいしな」
「ま、またそんなこと言って・・・」


嫌味のつもりで言ったのに真面目な声で返されてしまって、余計に脈が早まった。彼のことを好きだという気持ちが、とめどなく溢れてくる。


「・・・ほんまは、俺もめっちゃ緊張してる」


繋いでいた手が少し引かれ、二人してその場に立ち止まった。向かい合った南君の顔が夕日に照らされていてとても綺麗だと思った。

南君が緊張していたなんて嘘だ、と探るように見つめ返す。私の疑いを否定するように、少しだけ困った表情をした南君。


「・・・どのタイミングでキスしたらええやろうとか、そんなんばっか考えてたら、緊張するに決まってる」


予想外の言葉に私はただ硬直するしかなくて、頭の中には"キス"という単語だけがぐるぐると回っていた。そりゃあ、お付き合いするということは手だって繋ぐし、キスだってするだろう。いくら経験のない初心な私でもそれくらい理解してるし、もちろん憧れてた、のだけれど。それはまだ先のことなのかな、だなんて。勝手にそんな風に思ってた。


「キ、キス・・・」
「するなら今ちゃうかと、思うんやけど・・・どう?」


いつもの南君とは違って、すごく照れてるのが伝わってきた。正直なところ私はその10倍くらい恥ずかしくて、もはや頭がパンクしそうなくらいなんだけど・・・

南君は一度、視線を海の方へそらした。でも次の瞬間にはもう私の目を捕らえ、繋いでいなかった方の手であっという間に体を引き寄せられていた。


「あ、あの、南君、・・・」
「ここでせんかったら後悔しそうやわ。それに、」


ぐっ、と近付いた南君の顔はやっぱり整っていてそれになんだか色気みたいなものもあって、ああもうどうにでもなれと私は目をとじた。

唇が触れ合う間際。「もう考えても分からん」と囁かれたそれに、心の中で頷いた。色々いっぱいいっぱいで、本当にもう、何が何やら。



「ゆでダコみたいや、名前」
「う・・・南君、ひどい」
「・・・可愛いからもっかいしてええ?」
「き、聞かないで」
「じゃあ遠慮なく」


二度目のキスでは、さっきより余裕を持てた。それでも心臓は暴れるほど脈打ってるし顔の熱だって高いままだけど。

好きな人とキスするって、こんなにも心が暖かくなるんだ・・・


「うう、まだ恥ずかしい」
「まあそのうち慣れるわ」
「・・・そういうもの、かなぁ」
「たぶんな」


とにかく恥ずかしくて、それと同じくらい嬉しくて。

南君曰く"ゆでダコ"のように真っ赤な自分の顔を見られたくなかった私は、南君の背中に両腕を回して彼の胸に額を押しつけた。


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