南くんのとなり | ナノ
痛み分け
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土屋に会ったのは、偶然だった。

明日、名前がうちに遊びにくることになって、それを知った母親や姉からケーキでも買ってこいと家を追い出された俺は、駅前にあるケーキ屋のショーケースを覗きながら何にするかを悩んでいた。

ちゃっかりと自分たちの分まで頼んできた家の女たちには適当に選ぶつもりでそれよりも問題は名前や、などと考えていたら、背後から突然かけられた声。


「ここはフルーツタルト一択やで」
「・・・っ、な、んや土屋か」


かなりの至近距離、耳元で囁かれたそれにゾワリと寒気がした。慌てて耳を抑えながら振り向くと、目の前に立っていたのはインターハイぶりに会う土屋だった。

何すんねん、と非難めいた視線を返すと、まるで降参だとでも言うように両手を顔の位置まで上げた。


「脅かしてもうた?えらい悩んでたみたいやから気になってなぁ」


久しぶり、と悪戯な笑みを浮かべた土屋の雰囲気が、何故か以前よりも俺に親しげに思えた。






なんでこうなったのか、結局勧められるままに人数分のフルーツタルトを購入した俺は今、土屋と共に帰り道を歩いている。


「それ、名字が好きなケーキなんよ」
「・・・へえ」
「前に僕がお勧めしたんやけど、えらい気に入ってくれとったわ」
「・・・」


土屋の口から出た名前の名前に、肩がピクリと反応した。自分の分かりやすさが嫌になる。"ただ土屋が名前にケーキを勧めただけ"だというのに、その場面がどんなだったのかとつい邪推しそうになってしまう。

俺のことなどお構い無しに続けられる話を、ただ聞いていた。


「僕、大学は東京やねん。一応バスケで呼ばれててな」


そういえば名前がそんなことを言っていた気がする。

東京、か。この春休みが終われば晴れて俺たちは大学生だ。俺は大阪で、そして名前や土屋は東京で。その距離を覚悟の上で名前に気持ちを伝えたけど、残された日が少なくなるにつれて焦っているのも事実だった。

そんな俺の考えに気が付いているのかいないのか、土屋は少しの間沈黙していたかと思うと、ふう、と大袈裟なほどに大きく溜息を吐いた。


「・・・もう大阪に思い残す事はあらへん。綺麗さっぱりフラれてしもうたから」

誰に、とは聞かない。ただやっぱりお前も名前を想っていたのかと。それに対して不思議と嫌な気はしなかった。こう言うと感じ悪いが、彼女の気持ちは自分を向いているから。


「南君がこの先もバスケやっとったら、リベンジ出来るんやけどなあ」
「・・・アホ、県大会は大栄の勝ちやったやろ。インハイも。俺はバスケでお前に勝ったこと無いで」
「ああほんまや。僕、負け無し」


俺の数歩先を行くと、振り返って愉快そうに笑う。


「向こうで名字に会ったら、遠慮せずに声かけるで、僕」
「・・・お前の勝手や」
「うん」


お互いに立ち止まって、少しの沈黙。開けた住宅街の中で向かい合う俺らの姿は通りすがりの主婦やら子供やらの目にはどう映っているのか。


「じゃあそろそろ帰ろかな」と切り出したのは土屋だった。「最後に南君に会えてよかったわ」と続けて背を向けたところを、俺が呼び止めた。


「土屋」
「・・・ん?」
「俺が言うのもなんやけど」


首を少し傾げてその先を待つ土屋に、俺は右手で拳を突き出した。


「お前のバスケ、応援しとる。・・・、頑張れ」


土屋は少しだけ目を見開き、そして俺の拳にコツンと自分のそれを合わせた。一瞬だけ力が込められて、お互いすぐに引く。


「ありがとう」


ニッ、と嬉しそうに笑って「名字によろしく」と呟いた土屋に俺も笑い返して、そのまま別れた。

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