南くんのとなり | ナノ
南くんのとなり
( 74/78 )


「最初、隣の席になったんが、名字で良かった」


その言葉とともに、今まで何度も見ていた彼の笑顔が向けられた。目を細めて、片方の口角を上げた、あのニッとした笑顔。


「それ、は・・・私も同じ、だよ」


ああ、今、言ってしまおう。南君のことが、好きだって。友人もさんざん背中を押してくれた。今言わないと、後悔する。

私は覚悟を決めて、強く手を握った。


「南君・・・私も言いたいこと、ある」


目に溜まってた涙が少し溢れた。それを見た南君は驚いた顔をして、それからさっと周囲を見渡すと私が口を開く前に私の手を取って、引っ張っていく。
私には、周りの人がどうとかはもう見えてなかった。


「え、ちょっ…どこいく、の!」


ズンズン歩いていく南君に懸命に着いて行く私。この状況が理解出来なくて彼に呼びかけてみても、「俺まだ全部言うてへんからもうちょっと待って」と言われてしまい、せっかく決めた覚悟をもう一度飲み込むしかなかった。



「三つ目、これが最後」


校舎の影に入るとそう言って南君は私の手を離した。


「俺な・・・名字が、好きや」


ハッキリと耳に届いた筈の言葉は私の頭の中で繰り返し再生されてから、意識の外へ放り出された。
残ったのは、まさかという思い。


「え・・・す、好きっていうのは・・・」
「言葉のままや」
「友だちの好きじゃ、なくて?」
「恋愛感情の・・・好き」
「・・・っ!」


「その、つまり・・・付き合ってくれんか、てことなんやけど」


驚きですっかり引っ込んだ涙のおかげで、思ったことがするすると口から出ていた。


「でも、え、だって・・・」
「東京と大阪は遠いけど・・・実際たいした事あらへん、と俺は思っとる。会いに行く」


口をパクパクさせることしか出来ない私を見て、あろう事か「・・・鯉みたいやな」と笑う南君。
私だけこんなに混乱して慌てまくってるというのに、彼のこの余裕はどこから来てるのかと頭の隅っこで考える。

それでも、目は口ほどに物を言う、とはこの事なのかもしれない。南君を見ているだけで顔が熱くなるくらい、彼の気持ちが伝わってくる気がした。勘違いじゃ、ないんだ。


「なあ、返事・・・くれへん?」


まるで私の気持ちなどお見通しだとでも言うように、自信ありげな表情。
そりゃあそうだよね。私のこんな態度じゃ、きっと気持ちなんてバレバレに違いない。


(・・・こんなに幸せなことがあっていいのかな)


「わ、私の言いたかったこと・・・」
「おん」
「私も、南君のことが好き」
「・・・おん」


ああ、やっと言えた。

肩の力が抜けた私は思わずその場にしゃがみこんだ。人に想いを伝えるっていうのはこんなに大変で、勇気がいるのかと震えていた足を両手で抱えた。


「名字・・・」


膝に顔をうずめた私の名前を南君が呼ぶから、赤い顔のまま彼を見上げた。

そっと手をポケットに入れて何かを取り出すと、いつかの花火大会の日のように向かいに屈んだ南君。グーにしたその手を今度は私の目の前に持ってきた。
何を渡されるのか見当もつかなくて、首を傾げる。ころん、と小さくて丸い何かが転がった。


「こ、これ・・・」
「なんや・・・その、まあ別にいらんやろうけどな。何となく、渡すなら名字やなって、思ったから・・・」

私から視線をそらしたまま、口元を押さえてもごもごと話す南君。両手で受け取ったそれは、彼の制服にはもう一つも残っていない筈のボタンだった。聞かなくたって分かる、きっと第二ボタンだ。


(取っといて、くれたんだ)


あれだけの人に囲まれても、誰にボタンを求められても、その中で私のことを考えてくれていたことが本当に嬉しかった。


「南君・・・ありがとうっ」


告白してくれた時は余裕そうだったのが一転して耳まで赤くなっている彼に、私は心からの笑顔でお礼を言った。


ほんじゃ、行こか。そう言って私を立たせると、手を握ったままバスケ部のところに戻ろうとする南君。私たちに気が付いた岸本君が、満面の笑みでこちらに手を振ってるのが、遠目からでもよく分かった。

恥ずかしさでつい俯いた私に、少し上の方から彼の声が降ってくる。


「これからもよろしくな、名前」
「っ!よ、よろしく・・・お願いします」


顔から火が出そうなほど真っ赤な私の耳に、南君のすごく楽しそうな笑い声が聞こえた。


・・・願わくばこの先もずっと、彼のとなりに。



fin.
14/06/25〜16/02/27


PREVNEXT


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -