南くんのとなり | ナノ
南くんの気持ち
( 73/78 )


「あかん、ボロボロや」


そう言って人だかりの中から出てきたのは、岸本君だった。少しヨレてしまったブレザーを伸ばしながら私と友人の所まで来る。

南君と合わさっていた視線はいつの間にかそれてしまい、その姿も人の影で見えなくなっていた。



「岸本君・・・すごい人気だね」


近くで見ると、岸本君の制服のボタンは全て無くなっていた。女の子にも取り囲まれていたし、流石だなと思う。隣にいた友人も彼の姿を見て「へえ〜?」と感心した様子だった。


「あー・・・ちゃうちゃう。俺のはほとんど悪ノリした後輩に取られたんや。まったく、何で男なんかにボタンやらなあかんねん」


ブツブツと文句を言いながら、満更でもなさそうな岸本君。他のヤツらも似たようなもんや、と笑いながらもう一度自分が出てきた人だかりの方を振り返った。


「女に取り合いされてんのなんか南くらいちゃうか?ボタンなんか瞬殺やで・・・ま、俺にはあんな無愛想がモテる意味が分からんけどなァ」


フン、と鼻を鳴らす岸本君の予想通り、疲れきった表情の南君が残りの女の子を振り切りやっとの事で抜け出てきた。まっすぐ私達の元へ向かってくる彼を見つけた瞬間から、思い出したようにドクドクと大きく脈打ち始める鼓動。

岸本君もすごいけど、南君に至ってはボタンどころか卒業生全員に配られていた造花のコサージュや、ネクタイ、校章までもが無くなっていて。すっかり寂しくなってしまった彼の身なりが少し心配だった。


「おう色男ッ!えらい目に遭うたな?」
「うっさいボケ。天パ」
「・・・めっちゃ機嫌悪いやんけ」


岸本君のからかいも一蹴されて、南君が本当に参ってるんだと感じた私は思わず後ずさって友人の袖を掴んだ。
「今しかないで」とでも言うように肘で押してくる彼女に小さく頭を振る。というか、やっぱり言えない・・・!


「あ、先輩おったっ!」
「探したんですよぉ〜〜っ」


そうこうしてるうちに、急に現れた女の子二人がガシッと私の友人の肩を掴んだ。驚く私とは反対に、「もうそんな時間なん?」と友人が腕時計に目を落とす。なにやら彼女の部活では後輩からの祝いの会があるらしくて、今からそこに行かなくてはならないとの事。

後輩の子達に引っ張られる直前、友人は私の手をギュ、と握ってから小さな声で「名前なら出来る。大丈夫」と言い残して、今度こそ連れて行かれてしまった。


「なんや俺も呼ばれとるみたいやわ。なあ、板倉?」


友人を見送ってすぐ、岸本君は突然そう言いだすと近くで話をしていた男の子を捕まえて肩を組んだ。板倉と呼ばれたその子は「いきなり何ですの、先輩」と戸惑っている様子だったけど、そのままバスケ部だけで集まってる方に行ってしまった。

意味ありげに笑ってバチンとウインクを残してった岸本君の背を眺める私は、南君と二人きりになったという事実に気が付いてしまい、とてもじゃないけど彼の方を見ることが出来なかった。



「「・・・・・・」」


どちらも何も言わずに、しばらく沈黙が続く。南君と一緒にいて気まずいなんて今まで一度も無かったから、私もどうしたらいいのか分からなかった。

それでもこうしてはいられないと自分を奮い立たせて出した声は、とても小さくて情けないものだった。


「・・・あの」
「名字」


しかも、私の声は南君と被ってしまい、自分のタイミングの悪さを誰にともなく恨んだ。


「なんや先言って」
「・・・南君が言って?」


む、と口を噤んでしまったかと思えば、はあ、と大きく溜息を吐く南君。もしかして面倒くさいやつだと思われたのかもしれない。そう考えたらちょっと泣けてきた。


「・・・まず一つ目、な」と南君が呟く。

(ひとつ、め?)


「俺も大学決まったで」
「お、おめでとう!良かったね・・・!」
「おん。ありがとう」
「・・・っ、」


それきり、また話が途切れてしまいそうな空気になった気がして、私は焦って何か話題を探した。


「(そう、だ・・・)あのね、土屋君も大学決まったって言ってたよ!しかも、東京だって!」
「・・・」
「私、すっごくビックリして・・・」


「ストップ」


(え・・・?)
頑張って続けようとした会話は、ほんの少し眉間を寄せた彼に止められてしまう。私には、彼が少し怒ってるように見えた。


「土屋のことは、一旦置いといて」
「(何か、まずかったの、かな)・・・う、うん」
「ほんで・・・二つ目やけど」


ひとつ咳払いをするとさっきの怒ったような顔ではなくて、少し照れたような、困ったような顔で笑っていた。


「今までありがとう。勉強やら、応援やら・・・名字にはめっちゃ助けてもらった」


いきなり聞こえた感謝の言葉に、私は拍子抜けして目を見開いた。次に胸が熱くなって、涙目になる。南君を直視出来なくて視線を彼の足元にやると、頭の上から畳み掛けるように優しい声が降ってきた。


「最初、隣の席になったんが、名字で良かった」


感極まった私の涙腺はもうすぐ限界というところまで来ていた。



(・・・どうして南君は)
(こんなに嬉しいことばかり言ってくれるんだろう)


PREVNEXT


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -