南くんのとなり | ナノ
わたしの気持ち
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朝いつもと同じように起きて、いつもより少しだけ身だしなみに気を遣って、いつものように最後の通学路を歩いた。
もう3月とはいえ、まだまだ冷たい風に私は慌てて首をひっこめた。


教室に入ると、私に気付いた岸本君が「名字、おはようさん」と手を上げながら歩いてくる。


「なんか・・・実感が湧かない」
「せやなあ。もう名字に勉強教えてもらうことも無いんか」
「岸本君が先生に怒られるとこも見られないんだね」
「なんやとー」


普段と同じように彼と話しているところに後から来た友人も加わって、私たちは教室での最後の時間を楽しんだ。






最後の最後まで話の長い校長先生のおかげで、パイプ椅子に座っている私の体は寒くて少し震えていた。
長いようであっという間だった豊玉高校での出来事が次々と頭の中に思い浮かんでは消えていく。そのほとんどが、友人や南君や岸本君との思い出だった。


(・・・楽しかった、なあ)


そう思うと、冷たい手足と違って、心の中はじんわりと温かくなっていった。




卒業式が滞りなく終わると、恋人や友達同士で写真を撮りあったり雑談したりする人が殆どだった。私も例に漏れずそのうちの一人で、クラスの友達や親友と心ゆくまで話をしていた。


「・・・ほんで、名前」
「・・・ん?」
「このままでええの?」


ポン、と背中を叩かれたと思ったら、友人の顔がすぐ近くにあった。いつか見たことのあるようなニヤリとした表情の彼女にその意図を察した私は苦笑いで返した。

つまるところ友人が言いたいのは、「南君に告白しなくていいのか」ということ・・・だと思う。


「それは・・・その、だって」
「いいかげん覚悟決めや。今日が最後なんやから」


口籠る私の顔に両手を添えて、ぐいっと違う方向に向かされた。私の視線の先に居たのは、バスケ部の後輩や学年を問わない女生徒たちに囲まれた南君や岸本君だった。

皆の目当ては卒業式では恒例の、いわゆる制服のボタン争奪らしい。
豊玉のバスケ部は確かにガラが悪いところもあるけど、インターハイに出場したりと活躍していたから、とりわけスタメンの人たちは人気があった。ちょっと意外だけど、岸本君もそれなりに女の子に囲まれている。
・・・本人に言ったら怒られるだろうけど。


「あんなん見てええ気分やないやろ?ここが苦しいやろ?」


ここが、と自分の心臓を親指で差しながらキッと私を見つめる友人。その迫力に固まって唾を飲み込む私に、彼女がそのまま続ける。


「・・・あんな、うちは名前に後悔して欲しくないねん。このまま南になんも言わんかったら、あんたは東京行ってしもて、もうチャンスなんか無くなるんやで」


当たって砕けてもウチが拾ったるから安心しい。そう言って黙ったままの私の腕を強く掴むと、彼女はずんずんとバスケ部の人たちが固まってる所へ引っ張って行った。

いつもと違うその強引な様子に戸惑う私は、ただされるがままについていく事しか出来ない。



「・・・たくさんいるね」
「今からこれに割って入るんやで」
「・・・・・・」


近くに行くと遠目で見た時よりももっとたくさんの人がいた。その中で、今まさに南君にボタンを貰った女の子が顔を赤くして何かを言っているのが隙間から見えた。それが告白なんだと、聞こえていなくても容易に想像が出来る。
周りからは絶えずそれらをからかう声や、囃し立てるように吹かれる口笛が響いていた。


「ごめん」


どうして、彼の声だけはすんなりと耳に届いてしまうんだろう。
南君の口から聞こえたその迷いのない一言に、ドキリと心臓が高鳴った。自分が言われたわけではないのに、胸が苦しくなった。

私もこの気持ちを伝えたら、同じようにして南君からあの言葉を聞くのかもしれない。眉間にしわを寄せて迷惑だと思われてしまうかもしれない。
そう考えて、私はこの場から一歩も動けなかった。一歩を踏み出す、勇気が無かった。


(・・・ほんと私って、意気地無し)


仲が悪かったとは思わない。一緒に帰ったり、一緒に勉強をしたりもした。でも、それでも。私が南君を想う気持ちと同じように、彼が私の事を考えているとは思えなかった。南君にとって仲が良い女子というだけで、友達の域を超える事はないんだと、そう思ってしまうから。



「名前」


立ち止まる私の背中を、友人がもう一度ポンと叩いた。


(・・・ありがとう。でも待って。ちゃんと言うから・・・だからもう少し、もう少しだけ待って)


今までにないほど私は大きく深く、お腹の底まで浸透するように静かに息を吸い込んだ。


顔を上げたら、こちらを真っ直ぐに見据える南君と目が合った。


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