南くんのとなり | ナノ
キミが好き
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「ありがとうございました」


ドアから出て行くお客さんを見送ってから店内にある時計に目を向けると、今日のバイトも残すところ5分になっていた。


「名前ちゃん、今日はもうええで」
「そうですか?」
「お客さんもおらんしなぁ」
「ふふ、じゃあお言葉に甘えて帰りますね」
「おん。おつかれさん」


カウンターから顔を出したマスターがそう言って微笑んだので、私も笑いながらお礼を言った。



入試真っ只中の近頃は学校も自由登校になって、私はほとんど家にいるかバイトをしているかの毎日だった。
といってもこの喫茶店での仕事も数えるほどで終わってしまう予定で。

今ごろ南君や岸本君それに友人たちもみんな頑張ってるんだよねと、会えない人たちに想いを馳せながら日に日に寂しさを募らせていた。



「名字」


お店を出て少し歩いたところで会ったのは、この間もお店に来ていた土屋君だった。
一瞬声をかけられたことに気がつかなかった私は、トントンと肩に触れられて初めて彼を振り返る。


「あれっ どうしてここに?」
「・・・たまたま近くまで来とってん。お店寄ろうと思ってたとこ」
「そう、なんだ」


にこ、と微笑む土屋君は、どこかいつもより機嫌がいいように見えた。何か良いことでもあったのかな?なんて考えながら彼の隣をゆっくりと歩く。

私服姿の彼は今まで何をしていたのだろう。ジャージか制服しか見たことが無かったからジーンズやコートを着ている姿は何となく新鮮で、首元に巻かれたマフラーは随分と暖かそうだった。
デート、だとしたら連れの人がいないし。友達でも同じこと。それならば一人で買い物でもしていたのかと勝手に想像していた私は、道の途中で急に立ち止まった土屋君に気が付かないまま前を歩いていた。



「・・・どうかした?」


私の数歩後ろで立ち止まったままの彼にようやく気が付き、そう尋ねてみるけど、数秒待っても答えは返ってこなかった。

心配になって慌てて土屋君の元に駆け寄ると、さっきの笑顔が嘘のように困ったような顔をしている。
私が「具合でも悪いの?」と聞いてみても、彼はただ首を振るだけで。

そうして少しの間、立ち止まったままだった私たちの周りには真っ白な雪が降り始めていた。


(どうりで・・・寒いと思った)



「・・・ホンマはな、」


小さな声で話す彼に私がもう一歩近づく。
向かい合って土屋君を見上げると、きりっと眉を寄せて意を決したような視線が向けられていた。


「名字に言いたいことがあって・・・会いに来てん」
「う、ん?」


いつもの柔らかい雰囲気とは違う彼に、少し動揺する。笑っていたと思ったら急に黙ったり、今日はどこかおかしい。余裕がないようにも見えた。

ただ、自分が物事を察するのが鋭いとは思っていないけれど、何となく次に彼が続ける言葉は分かったような気がしていた。
今までに無いくらい、心臓が高鳴る。


(・・・・・・顔があつい)


自分の中で、ごくりと、唾を飲む大きな音がした。


「名字のことが・・・」


その真剣な眼差しを真っ直ぐに捉えながら、今この時、私の頭の中は別の人を思い浮かべていた。



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