殺し文句
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「ほんなら頼んだで、名字」
「・・・はーい」
ポンと肩に置かれた手を半目で見れば、私に荷物を託した教師はそれを軽く笑い飛ばしながら階段を降りていった。
「お、重い・・・!」
私と教師がちょうどすれ違ったくらいで校内に放送が流れて、しかもそれが職員会議とやらの呼び出しだったみたいで。
視線が合った途端パァッと微笑みながら「これ、社会科準備室まで頼むわ〜!」と言われてしまっては、雑用だろうと断ることは出来なかった。
廊下であの教師に会ったのが運の尽きだと後悔しながら、教材の山を抱え直す。女の子に任せる量じゃないでしょ、と心の中でブツブツ文句を言いながらも運ぶ私はそれはもうすごい形相だったに違いない。
こんな時に限って周りに人影はなくて、誰かヘルプ・・・と心の中で念じながら少し震える足で上りの階段に差し掛かった。
「フラフラやんか」
やっと階段の踊り場まで来たとき、私の願いが通じたのか誰かが救いの手を差し伸べてくれた。
顔を上げると、そこにいたのはなんと南君。驚く間もなく、「ん」と大きな手を差し出された。
「俺が持つわ」
「い、いいよいいよ!私が頼まれたんだし・・・」
「困ったときは何とやら、やで・・・ほら」
彼は有無を言わせずに私からサッと教材を取り上げると、そのまま先に歩き出した。
「ありがと、南君」
「お安いご用や」
すぐ隣を歩きながら、二人でとりとめのない話をする。彼の冗談に笑ったり、相槌を打ったりしていれば、あっという間に目的地に着いた。
「気付かんうちに秋やな」
「そういえば、文化祭も終わっちゃったね」
教室までの帰り道も変わらず会話を続ける。今この瞬間がずっと続けばいいのにな、なんて考えていると、突然隣からくすくす笑う声が聞こえた。
「・・・南君?」
「ハハ、いや、ごめん」
不思議に思って彼を見上げると、口元を手で押さえたまま視線をこちらに向けた。私が首を傾げれば、「岸本のアレ、思い出した」と言ってまた笑う。
それが何か分かった私も、つい笑いがこみ上げてきた。
「ふふ。岸本君、ノリノリだったもんね」
「ホンマにあいつはアホやわ」
「意外と似合ってたと思うよ?」
私がそう言うと、南君は眉根を寄せて「うげぇ」と呟いた。
少し前にあった豊玉の文化祭。私のクラスの出し物は喫茶店で、店員は男子も女子も同じウエイトレスの格好をするというものだった。つまり、男子は女装をするということで。
当然、こういう行事が好きな岸本君はとっても乗り気で、楽しそうに接客をしていたんだけど・・・ガッチリした体型の彼にフリフリのエプロンとスカートというのは少し・・・いやかなり強烈で、お客さんたちも皆笑かされていた。
(南君は、さんざん笑って怒られてたけど・・・)
「でも、名字は良かったで」
二人して思い出し笑いしていたのに、ふと南君が私を見ながらそう言った。いきなりのことに言葉に詰まっていると、「人気あったみたいやん」と続けられる。
「え、そうなの?」
「・・・って、岸本が言うとった」
「ほんとかな。岸本君が面白がって言ってただけじゃない?」
はたしてその人気とやらが誰からのものなのか見当もつかないけれど、悪い噂ではないし、なんにせよ褒められて嬉くは思うので素直に受け止めておくことにした。
「いや、うん。まあ、その・・・俺も」
「・・・え?」
口ごもる彼が何を言うのか待っていると、意を決したような表情がそこにあった。
「可愛かったと思うで・・・名字のウエイトレス」
(う・・・またそんなこと言うッ!)
「あ、ありがとう」
「・・・」
照れて真っ赤になった顔をさっと隠しながら、なるべく普通に聞こえるようにお礼を言った。