寄り道してみる
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「・・・短期バイト募集中、だって」
学校からの帰り道。友人と一緒に喫茶店の前を通りかかったとき、ある貼り紙が目に止まった。
「なんや洒落た喫茶店やな」
「入ってみない?」
「ええよ」
そう言って駅近くにあるその喫茶店に入ってみる。店内はとても落ち着いた雰囲気で、カウンターにいるマスターと窓側の席で本を読んでるお客さんしかいなかった。
席について紅茶を頼むと、マスターがにっこり微笑みながら、豊玉の制服が懐かしいと呟いた。どうやら卒業生だったらしくサービスだと言って紅茶と一緒にクッキーも出してくれた。「ごゆっくりどうぞ」と会釈してくれる姿がなんというかとてもスマートで、素敵なおじさんだなあと思わずうっとりした。
「そういえば」
暫くたわいのない話で盛り上がり、もうそろそろ帰ろうかという頃。友人がふと思い出したようにそう切り出した。
なあに、と紅茶の最後の一口を飲んでカップを置けば、どこか含み笑いをした目と視線が合わさる。
「・・・南君のこと?」
長いこと一緒にいた友人なので、それだけで何が言いたいのか分かってしまった私は少し口を尖らせる。
私の問いに友人はニッと笑ってゆっくりと頷いた。
「言っとくけど、なんにもないからね」
「ホンマなん?」
「嘘なんかつかないって」
クラスも違うし、毎日会えるワケでもないし。たまに廊下ですれ違って一言二言話す程度なのに、何かあるはずがない。
そう考えると、去年までが本当に幸せだったなぁ、としみじみ思う。
疑うような顔をしている友人に私は苦笑いしつつ、お会計のために軽く荷物をまとめた。感じの良いマスターに見送られながら喫茶店を出ると、まだ18時だというのに外はもう薄暗くてじわじわと秋が近づいてきてるのを感じる。
「こないだの体育祭といい、南もあんたのこと好きとしか思えんけどなあ・・・」
お店を出た後、友人が呟いた言葉に、本当にそうならどんなに嬉しいかと内心でため息をついた。