掴まれた手
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「なんやこの暑さ・・・体育祭日和ってか」
私のすぐ隣に座ってグラウンドを眺めていた岸本君が、パタパタとうちわで自身を扇ぎながらそう呟いた。うっとうしそうにかき上げた彼の髪は、今ではすっかり長髪になっていて後ろで一つに縛られている。
「今年は特に暑いね。岸本君は、その髪切らないの?」
「んー?・・・まあ、別に伸ばしてんのに意味は無いんやけどな。これに慣れてもたし」
「そっか」
例年通りに行われている体育祭の今日は、いつも以上に眩しい日差しが降りそそいでいて。白熱した勝負に盛り上がりはすれど、この暑さに参ってしまう人も少なくはなかった。
「名字は・・・あと何が残っとんや?」
「んっとね、綱引きとリレー・・・かな」
「リレー出るんか。ま、大丈夫やろ。名字は意外と足速いしな」
「・・・意外と、ってのは聞かなかったことにする」
「褒めてんねんで」と言って笑う岸本君を半目で睨みつつ、ふと隣のクラスの応援席へ視線を向けた。
(南くん、いる・・・)
岸本君と同じようにうちわで涼んでいる姿を見て、自然と頬が緩む。
今日も恰好良いなあ・・・なんて心の中で思っていると、見つめていた彼がくるりとこちらを向いて目が合ってしまった。逸らすのも変かと思い、小さく手を振ってみれば、一瞬驚いた顔をした後にフッと笑って片手を上げてくれた。
(うう・・・)
たったそれだけの事で満たされる自分に半分呆れながらも、それでも悪い気はしなかった。
「お、借りものリレーの招集かかっとる」
「頑張ってね」
「おん。任しとき!行ってくるわ」
よっこらせ、と立ち上がり背を向けた岸本君にクラスメイト達から期待の声援がかかる。なんだかんだクラスの中心人物の彼は人気があって、運動に関してそれは尚更のことだった。
本人は満更でもなさそうで、「一着獲って来たるわ!」と楽しそうに宣言していた。
「次、岸本君の番みたいだね。簡単なお題だといいんだけど」
「せやな。あ・・・名前、岸本の横におんの南ちゃう?」
「うそ?」
「ほんま」
友人に言われて岸本君の隣を見ると、確かにそこには南君がいた。岸本君となにやら話しながら、ただ屈伸するその姿にさえ、ため息がでる。
南君は今年も借りものリレーに出るのか、なんてぼうっと考えながら私は彼を眺めていた。
「位置について・・・よーい!」
パン とピストルが鳴り、生徒が勢い良く走り出した。その中にはもちろん南君と岸本君がいて、ぐんぐんと後ろを引き離すと二人ほぼ同時にクジへ手を伸ばした。
それぞれがお題の紙を開くと、これまたほぼ同時にくるりとこちらを向いた。バッチリと視線が合った私は驚いて固まり、息を飲む。
「「名字・・・っ!」」
全力疾走でこちらに駆けて来た二人。
「えっ!・・・ええ!?」
あっという間に目の前に来た彼らが、狼狽える私に腕を伸ばした。動けないでいた私は訳が分からない状態で、とにかく引っ張られるままに全力で走る。なんだか去年と同じような展開だと頭の隅で思う。
すぐ近くで「チッ」と小さく舌打ちするのと、友人の「ちょ、コラ岸本!」という声が聞こえたけど、振り返る余裕は無かった。
「くっそ・・・南に負けてもうた!」
「当たり前じゃ」
一着、二着でゴールした南君と岸本君は特に疲れた様子もなく。流石バスケ部だなあ、と感心する。
肩で息をする私の背を撫でてくれていた友人も苦笑しながら二人の会話を聞いていた。友人も岸本君に引かれて走っていた筈なのにそれほど息は乱れていなくて、やっぱり運動部の人はスゴイと思った。
「・・・ってかお前のクジ何やってん!なんで名字なんや」
聞こえてきた自分の名前に反応して、南君の返事にそっと耳をすませる。南君は少し間を置いてから口を開いた。
「何って・・・帰宅部、やけど」
「帰宅部くらいお前のクラスにもおるやろボケ!俺の邪魔すんなや」
「名字しか思い付かんかったんやからしゃーないやろ」
「しゃーなくないわっ」
「ええやないか二位で。お前には十分やろアホ」
「誰がアホじゃ!」
「・・・喧嘩しないで、ね?」
言い合いが熱くなってきた南君と岸本君の間に入ってストップをかける。
喧嘩するほど仲がいいとは云うけれど、この暑さの中では勘弁してほしいというのが本音だった。
「今年も名字のおかげで一位やな」
応援席に戻る途中、ボソッと南君が言ってきたそれにやっぱりうまく返せなかった私は、「おおきに」と続けた彼に、小さく頷く事しか出来なかった。
(ちなみに、岸本君のお題は何だったの?)
(女子生徒や)
(・・・それこそ誰でも良かったんじゃ、)