南くんのとなり | ナノ
南くんと夕やけ
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夏休みが明けて、豊玉高校も例に漏れず新学期が始まった。ほとんどの部活で3年生が引退し、いよいよ本格的に受験勉強が始まろうとしていた。



「進路調査の紙は来週までに提出やからなー」


担任がそう言うのと同時にホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴った。進路の話が増えるこの頃、いつもは明るくてうるさいほどのクラスの皆も、心なしか大人しくしている人が多かった。



まだ休みボケしている頭でなんとか一日の授業を終えて、あとは帰るだけという時。すれ違った担任に呼び止められて、私は首を傾げながらその後についていった。



「ほんなら、もう決めたんやな?」
「はい。東京の学校に行こうと思ってます」


何を言われるのかとビクビクしてたけど、なんの事は無い、ただの進路の確認だった。


「まあ・・・名字なら試験の心配は無いけどなあ。もっとええとこ行けるんとちゃうか?」
「前から、決めてたんです」
「そうか」


「自分でちゃんと決めたんやったらもう何も言わん」と言って笑いながら頷いた担任に、軽く頭を下げてから微笑み返す。

向こうの大学に、というのは私の祖父母の強い希望でもあって、ずいぶん前から決めていたことだった。私が望む職業のためにも悪くない学校だったし、祖父母の家はもともと中学まで住んでいた土地だから不安は無かった。
・・・ただ、そうなるとこちらで出来た親友や両親と離れることになるので、寂しいとは思う。

(それに、彼にも・・・会えなくなるし)


もう帰っていいと言われた私はそのまま下駄箱に向かい、さっさと靴を履き替えた。



「あ、れ・・・南君?」
「名字も今帰りか」
「うん。ちょっと先生に呼ばれて」


ガタンと近くで音がして振り返ると、私と同じように靴を履き替えた南君がいた。つい先ほどまで考えていた人物の登場に驚きはしたけど、顔には出さずに「遅いんだね?」と言って平静を装う。
「忘れ物してん」と手に持っていた進路調査の紙をヒラヒラさせる南君に、相変わらず私の心臓は忙しくて。インターハイに夏祭り、彼にドキドキさせられた夏休みはもう随分前のことなのに、その時のことを今でも鮮明に思い出せた。



「もうすっかり受験モード、やな」
「そうだね」
「こんなんやったら部活続けてた方が気楽やったかも」
「・・・」


家までの道のりを二人並んで歩く。もう何度目かのそれは今まで以上に照れるもので、なんとか会話をするものの、私は心臓の音が南君に聞こえやしないかと常に心配だった。


「みんな・・・引退したんだよね」
「おん。まあ、バスケ部なんかアホばっかりやしな。冬まで残っとったら・・・大学なんか受からんやろ」
「・・・そんなこと、ないと思うけどな」


そんなことあるんや、と苦笑する南君をチラリと横目で見ると、彼の表情はどこか寂しそうなものだった。

冗談っぽく笑ってはいるけれど・・・本当は、まだバスケをしていたいんだろうな。
そう考えると、私も胸がキュッと苦しくなるような気がした。


「名字、どうかしたんか?」


眉を寄せて難しい顔をしていると、南君が不思議そうに私を覗きこんでいた。すぐに首を振って何でも無いよと伝えれば、彼はそれ以上聞いたりはしなかった。


「そういや大栄・・・土屋は、冬の選抜まで続けるみたいやな」
「え・・・あ、そうなんだ?」
「なんも聞いてないん?」
「う、ん」


私がそう答えると、「ふうん」と呟いて遠くに視線をやっていた。
土屋君とはインターハイの前に会ったきりで、もともと頻繁に連絡を取り合うほどでもなかったし、まあまたその内会えればいいなくらいにしか思っていなかった。


(大きい、なあ・・・)


南君と並んで歩く帰り道、夕陽で伸びた影の長さが全然違くて、私は思わずクスリと笑う。


「・・・名字は小さいな」


不意に隣から聞こえたそれに彼も同じ事を考えてたのかと嬉しくなる。


「・・・私が小さいんじゃない、もん」


どう返していいか分からなかった私は、照れ隠しでそう言うのがやっとだった。



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