南くんのとなり | ナノ
打ち上げ花火
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広島まで応援に行ったのがもうずいぶん前のことに思えるくらい、私は何事もなく夏休みを過ごしていた。
日中は暑くて暑くてとても外に行く気になんてなれなくて。だから大抵は家や図書館で過ごしたり、たまに買い物に出掛けたりするぐらいだった。



「浴衣なんて何年ぶりかなあ・・・」
「うちも、着たん久しぶりやわ」


今日は大阪の大きな花火大会の日で、前々から友人と一緒に行く約束をしていた私は新しい浴衣を用意して髪もメイクもずいぶん張り切った。毎年神奈川に帰っていたこともあって、今回のお祭りがすごく楽しみだった。


しばらく屋台をめぐりながら、ゆっくりと人混みの中を歩く。いつもだったら嫌になる人の数も、お祭りとなれば話は別。むしろその賑やかさに私は終始浮かれていた。


「アカン、浴衣きついんやけど」
「たこ焼きに玉せんにカステラ・・・と、りんご飴だっけ?」
「カキ氷も」
「食べ過ぎです」
「・・・帯緩めよかな」
「ほどほどにね」


苦しい苦しいと呟く友人に少し呆れはしたけど、夏休みが終わればこうしてゆっくり遊ぶことも段々減っていくんだろうなと考えると本当に寂しくて、私は頭を振ってその考えを何処かにやった。




「名前、アレ・・・岸本ちゃう?あのデカいやつ」
「・・・え?」


友人がそう言って指差した先にいたのは何人かのバスケ部の人たちで、その中にいた南君を見つけた途端に早まった鼓動を落ち着かせるために私は深呼吸をした。
私の様子を見てニヤニヤする友人にジト目で返していると、私たちに気が付いた岸本君が大きく手を振りながらこちらに駆け寄ってきた。


「なんや浴衣着てえらい気合入っとるやん」
「ふふ、まあね。二人で楽しんでるよ」
「ほんならちょうどええな!もう花火始まるし、名字たちも一緒にどうや?もう少し向こうに穴場があんねん」
「・・・私たちもいいの?」
「当たり前やろ?」


ニッと笑った岸本君が他のバスケ部の人たちを振り返ると、同行することに異議のある人はいないみたいだった。バスケ部は(南君を筆頭に)人気があるからこんなところを豊玉の誰かにでも見られたら・・・なんて少し不安に思いはしたけど、私が何かを言う前に皆が歩き出していたので、もう気にしないことにした。

歩き出してすぐに友人が「南と話すチャンスやで?」とコッソリ耳打ちしてきたけれど、私はインターハイの時のことを思い出してしまって、とても南君に話しかけられそうに無かった。



「めっちゃええ場所知っとるやん」
「せやろ」

(・・・あ、)


友人と岸本君が話してるのを聞きながら歩いてると、ふと手に持っていた巾着を落としてしまった。慌てて屈んでそれを拾おうとしたら、目の前に大きな影がかかった。


「・・・ん」


私より先に巾着を拾った手がその表面についた砂を軽く払うと、同じくしゃがんだままの私に差し出した。


「あ、ありがとう南君」
「うん」


お礼を言って立ち上がろうとしたその時、ひゅるるという音が鳴って次の瞬間には南君の顔が花火に照らされた。上を向くと、大きくて色とりどりの綺麗な花火が次々と打ち上げられて、周りからはその光景に感嘆の声が聞こえてきた。


(すごい、なぁ・・・)


南君も花火に見惚れているのか気になって何気なくそちらを向くと、しっかり視線があってしまって私は固まった。


「・・・」
「・・・」


ふ、と優しい顔で南くんが笑ったのを見てこれでもかというくらいに鼓動が早くなる。

集団の端でしゃがんでいたから誰も私たちに気付いてないみたいで。何を言えばいいのか分からなくて、そのまま二人で見つめ合っていた。何時間にも思えたそれは、実際には数十秒、もしかしたら数秒にも満たなかったかもしれない。

私が動けないでいると南君の手がすっと伸びてきて、彼の長い指が私の顔にかかっていた髪をそっと耳にかけてくれた。
わあ、と歓声が上がって今日一番の大きな花火が夜空に浮かんでいたけれど、私たちはそれを見てはいなかった。


「・・・、・・・んで」


南くんが私に何かを言った。


(・・・え?)


鳴り響く花火の音の中でその声は聞き取りにくく、私は仕草で聞き返す。
視線を逸らした南君は、私の方に少し顔を近付けて今度はもう少しはっきりとした声で口を開いた。


「浴衣、似合ってんで」
「っ・・・!」


ぼっと顔が熱くなって後ろによろけそうになった私の腕を、彼が素早く掴んでくれた。そのまま引っ張られてなんとか立ち上がる。

花火の音が止んで辺りが元の賑やかさを取り戻しても、私の耳にはさっきの南君の言葉がいつまでも繰り返されていて。体中にこみ上げてくるくすぐったい思いにただ口をパクパクさせながら、そのあと友人に何を話しかけられてもうまく返せないでいた。


(し・・・心臓に、悪い)


この間のホームでの別れ際といい彼は私をどうしたいのかと考えてみても、今の浮ついた頭じゃ到底答えなんて分かりそうになかった。



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