南くんのお家
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「なっ・・・なんで名字が、ここに?」
「わざわざ学校のプリントとか持ってきてくれたんやて」
まだ店番があるから、そう言ってその人は私に向かってにこやかに笑いかけると、さっさと薬局の方に戻って行ってしまった。
その場に残されて茫然としてつっ立っていた私と南君は、お互いに顔を見合わせる。
「・・・あの、急にごめんね。お店の方に行ったんだけど・・・」
我に返った私が、不可抗力とはいえ病人の南君に突然訪問してしまったことを謝ると、彼は少し困ったような顔をしてから頬を掻いた。
あれよあれよという間に南君の家の玄関まで連れて来られて驚いたせいで気がつかなかったけど、南君は学校の時と違ってTシャツにスウェットというラフな格好をしてて、ついさっきまで寝ていたことが伺えた。
失礼とは思うけど、彼の頭にある寝癖がなんだか可愛く見えて、私は小さく笑った。
「いや・・・ああ、あのうるさい女な、俺の姉貴やねん。無理やり連れてこられたんちゃうか?」
こっちこそ悪いな、と続ける南君に私は首を振った。
(お姉さん、なんだぁ・・・)
南君の彼女かと聞かれた時に、なんとなくそんな気がしてた。彼を親しげに名前で呼んでたし、なにより笑った顔が似てるなと思ったから。
・・・とにかく、お姉さんが南君の彼女なんじゃないかと疑ってた私は、二人の関係が姉弟だと知って内心でホッと胸を撫でおろした。
「元気みたいで、良かったよ。南君がお休みなんて珍しいね」
「ただの風邪やのにオカンがうるさくてな。今朝はほとんど治ってたんやけど・・・寝坊してん」
薬局の息子が風邪を引いてるっていうのは体裁が悪いからとお母さんに言われたらしくて、知らんっちゅーねんとぼやく南君。今はそのお母さんも買い物に出かけていて、予想通り南君は今の今まで寝ていたらしかった。
「名字、ちょっと待っとってや」
学校の事とかを話していたら、不意に南君が壁にかけてあった時計を見てそう言った。
二階に続く階段を上っていった彼を待つこと数十秒、戻ってきた南君はジャージの上着を持ってきていて、私が首を傾げていると「もう遅いし家まで送る」と返された。
「ダメだよ!別にひとりでも大丈夫だよ、遠くないし」
さすがに送ってもらうのは申し訳なくて、私は慌てて両手を振った。すると、「俺は嫌やねん」と言って半ば強引に私の腕を掴んだ南君はあっという間に玄関をでた。
病み上がりの体で無理はさせたくないけれど、私の意識は彼が触れてる腕に集中してしまって、とうとう断ることは出来なかった。
南君に送ってもらいながらの帰り道、掴まれていた腕はすぐに離されて少し寂しささえあった。とはいえあのままだったら、とても会話なんて出来てないんだろうけど。
「そういや名字、姉貴に何か変なこととか言われへんかった?」
私はさっきのお姉さんとの会話を思い出す。特に何もなかったと伝えれば、安心したように息をついた。どうかしたの?と私が聞けば、彼は何でもないと誤魔化すだけでそれ以上は何も言わなかった。
「・・・あのね、怒らないで欲しいんだけど」
「なん?」
となりに並んで歩いている南君がちらりと横目で私を見た。それに少しドキドキしながら私は話を続ける。
「前に駅前のショッピングセンターで二人が歩いてるの見かけたんだ」
「・・・そんなこともあったかもな。たぶん無理やり連れていかれたんやろ、荷物持ちで」
いつかの出来事を思い浮かべる。あの時のショックは結構大きかったけど、勘違いだと分かった今、私の気持ちはかなり軽くなってた。
「私・・・その時ね、お姉さんが南君の恋人だと思ってたの」
「は・・・?」
「だって美男美女だし。すごくお似合いだと思った」
ニッと笑いながら彼の方を見上げると、そこにはなんとも言えない様な南君の顔があった。
「・・・嬉しないわ」
少ししてから絞り出したような声が聞こえてもう一度南君に視線を向ければ、さっきとは違う眉間にシワを寄せた表情をしていて。
私が「怒ってる?」と尋ねると、軽く首を振った。
「・・・恋人とか、おらんから」
家に着く直前、私の目をまっすぐ捉えて放たれた言葉が、私の耳にやけにはっきりと聞こえた。