雨もよう
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窓の外では止まない雨がしとしと降り続いている。いつもは明るいお日様が差すはずなのにそれも分厚い雲に覆われていた。暗い空は朝から憂鬱な気分にさせる。
雨が降ると髪はボサボサだし、靴は濡れるし、正直この季節はあまり好きじゃなかった。それに加え、夏に向かって上がる気温のせいで蒸し暑くもあった。
(ほんと、うっとうしい・・・)
テレビではいつも笑顔を絶やさないお天気お姉さんでさえも、なんとなく、そうなんとなくイライラした顔に見えてしまったから不思議だ。
「梅雨明けまであと1週間か・・・」
「ほんまかいな、それ」
何の気なしにぼやくと、隣から返事が返ってきた。
「あー南君、おはよう」
「はよ。雨とか、かなんわ。ほら俺・・・ちょっと天パやし」
そういってドサッと部活の荷物を置いた。朝練の後だからか、鞄の中身がけっこうごちゃごちゃしている。
「たしかに髪は大変かなあ」
「名字もか」
「うん。癖っ毛だもん」
朝からうねっている自分の髪を掴む。普段は腰上までの長さだけど、いつもよりも短く感じた。
「でもさ、」
髪を手ぐしで軽く整えて、隣の南君を見上げる。ん、と返す南君はちょうど荷物を片づけているところだった。
こちらを向いた彼に思いついたことを言った。
「バスケ部は雨でも練習できるから、よかったね」
「おう、まあそうやな」
南君がいつもの調子でニヤリと笑うと、ちょうど担任が来たので2人とも前を向いた。
「あーあ・・・雨、強くなってるし」
課題を忘れてしまい数学の先生に雑用を押し付けられていたから、とっくに最終下校時刻になっていた。人の気配がない玄関で私はひとり、重たいため息をつく。帰っても特にすることが無いとはいえ、学校に長くいるというのはそれだけでなんだか損に思える。
「あ・・・名字、まだおったんか」
「えっ?」
周りに誰もいないと思ってたから、急に声をかけられて驚いた。それは聞き慣れたもので、誰かはすぐに分かったのだけど。
「南君、もう部活終わったの?」
さあ今から帰ろうかと開きかけていた傘を一度畳む。雨がさらに強くなった気がした。
「おん。今日は筋トレだけやったから早よ終わってん」
「そうなんだ、お疲れさまー」
「・・・今から帰るんか?」
南君はどうしてか眉根を寄せて怪訝な顔で聞いてきた。そりゃあ、靴履き替えて傘もってるわけだし、帰ろうとは思ってたけど。そういえば、なんで南君は一人で下駄箱なんかに居たんだろう?
「・・・あ、もしかして傘わすれたの?」
「うん」
「バスケ部の人と帰らなかったんだ」
「あいつら俺が教室に忘れ物したっつったら、そっこー帰りよったわ」
あー腹立つ、と言って眉間に皺をよせる彼がまるで拗ねた子供のように見えて、なんだか可笑しかった。心なしか口も尖っていて、正直に言うと、とても可愛かった。そんなこと言ったら怒るだろうから口には出さないけど。
「岸本のやつ、明日覚えとけよ・・・」
グッと拳をつくってそう言った彼だが、怒っているようでもその顔にはかすかに笑みが見えた。きっと明日の仕返しを考えているのだろう。岸本くんとやらがどんな仕打ちに合うのか想像しがたいが、なにやら楽しくなりそうだなと心の中で笑った。
その時、遠くの方でゴロゴロと雷の音がした。二人同時にその方向をみると、どうやらあまりゆっくりしてる場合じゃないらしい。
そして私の手には傘、実は鞄の中に折りたたみの傘も入ってる。今日は偶然傘を2本持ってきていたのだ。私は鞄を探るとそれを手に持ち、ついさっき開こうとしていた大きい方の傘を彼に差し出した。
「はいこれ。私折りたたみあるから、使っていいよ?」
そう言うと、南君は一瞬キョトンとした後に笑った。そして私の傘を掴む。
「ほんまに?めっちゃ助かるわ」
「いいよ。バスケ部のエースに風邪ひかれたら困るもんね」
「ぶっ・・・なんやそれ、まあ、ありがとうな。明日ちゃんと返すから」
「うん。それより早く帰ろ?雨、酷くなってきてるし」
そうして途中まで一緒に並んで帰った。憂欝な梅雨も、こうして南くんと並べるのなら、そんなに悪くはないのかもしれない。